肩関節の疾患で多く見られるのが「腱板損傷」です。
腱板は損傷されていても腕は上がります。
ですので、「腱板損傷」」には明らかに原因がわかるものだけでなく、
潜在的な原因でおこるものもあります。
このページでは腱板とは何なのか、
また腱板が傷むとどんな症状がでてくるのかということについて御説明したいと思います。
腱板と呼ばれる筋肉の束は上の絵のように腕を上げたり、
腕をねじったりするときに働きます。
酷使すると、摩耗するような形で部分的に切れてしまったりすることがあります。
転倒などによって肩を強く打ったり、手をついたりすることで切れてしまうこともあります。
この図は肩関節を前から見た図です。
腱板は上腕骨頭の一部分についています。
腱板の周りには肩峰下滑液包や関節包があります。
さらに外側には、三角筋があります。
このように腱板は腕の一番深い部分にあり、肩関節を裏打ちするような位置関係にあります。
腱板を横から見た図です。
棘上筋腱が上腕骨頭につく部分を示しています。
赤丸の部分は腱板の抵抗減弱部位で、損傷の好発部位であるといわれています。
損傷の仕方はさまざまですが、頻繁にこの部分で故障が起こります。
腱板は、上で紹介した棘上筋、棘下筋だけでなく、小円筋、肩甲下筋も含め、
4つの筋肉によって構成されています。
この図は、その4つの筋が上腕骨に幅広くくっついているのを示しています。
腱板損傷の広がり方はこの図のようになります。
この図は肩関節を上側(頭側)から見たものです。
最初は小さな損傷でも、ストレスが度重なり加わることで、損傷が広がっていきます。
しかし、腱板が切れていても腕は上がりますし、痛みがない場合もあります。
それは、腱板のうち、一部分が断裂したとしても、
他の腱板を構成する筋肉がその代わりとして働くので、
腕は多少上げにくいですが、全く上がらなくなるということがないからです。
この図は腱板が切れた肩を示しています。
肩関節の中には、肩峰下滑液包(ピンク色の部分)という厚みのある部分があり、
肩峰と鎖骨の間のトンネルの緩衝材として存在しています。
この図のように腕を下におろしている時は、腱板が切れていたとしても、
肩峰下滑液包が関節のなかで働いていて、
内圧も変わらない状態で、動きも健常時と変わらない状態で行えます。
ところが、腕を上げると、腱板が切れた状態でいると、
上腕骨がスムーズに動かなくなり、たとえ上に上げることができても、
肩峰と鎖骨で構成されたアーチを腱板が潜り抜けようとする際に、
肩峰下滑液包が挟まってしまうような現象が生じてしまいます。
これが腕を上げた時の違和感や、ひっかっかり感につながります。
そのまま腕を上げ続けていくと、腱板はすでにトンネルを潜り抜けて、肩峰下滑液包も挟まることを免れます。
ですので、腕を上げる途中では痛むのに、上げきったら痛みがましになるというのは、
こういったメカニズムで生じるものなのです。
腱板が切れていても痛みが出ないケースがありますが、
上の図のような、ひっかかる状態が続いていると、やがて炎症をおこしてきます。
そして、最初は腱板だけにとどまっていた炎症が肩峰下滑液包まで波及し、炎症がさらに強くなってくると、
腕が上げづらくなったり、夜中に痛くなったりします。
さらに、痛みが強いので腕を上げない状況が続くことで、肩が固まってくるという状況になってきます。
これがいわゆる「五十肩」の原因の一つです。
腱板がどのように切れるのかということについては、
下の図をご参照ください。
不全断裂(完全に切れていないもの)
不全断裂の場合は一部切れていて、手術で縫ったりする必要はないものがほとんどですが、
痛みは完全断裂と同じようにあります。
完全断裂(完全に切れてしまったもの)
完全断裂の場合は、切れた筋肉の収縮によって短縮してしまい、
広範囲に切れている部分が広がってしまうことがあります。
では、画像所見ではどう見えるのかといいますと…。
1枚目の写真は腱板損傷をおこした患者さんのレントゲン写真です。
赤矢印で指示した肩峰と上腕骨頭の隙間が狭くなっているのがわかります。
2枚目の良い方の肩と比べてみると、隙間が狭いことが明らかにわかります。
隙間が狭くなっていることで、腱板が薄くなっていたり、切れてしまっていることがわかります。
さらに、腱板が働かない状態を続けていると、
上腕骨頭に骨の変化が現われてきたり、肩峰の方もとがってくるような骨の変形が生じて来て、
変形性関節症の様を呈してしまうこともあります。
超音波検査も診断に有効です。
左が腱板が切れている肩で、右側が健常な肩のエコーです。
両肩の腱板の厚みを見てみると、
左の患側(赤色)は幅が狭くて、健常な右側(青色)と比べると、
腱板が薄くなっていることがわかります。
また、超音波検査では炎症の度合いもわかります。
赤丸で示した部分は肩峰下滑液包での炎症が見られます。
黒くなって水がたまったように写っています。
このように超音波検査はリアルタイムで患部がどのようになっているかを調べることができます。
MRIでは、エコーでは確認しきれなかった腱板損傷の全体像を見ることができます。
この写真のようにどのぐらい腱板が損傷されているのか、
また他に損傷している部分がないかなどがわかります。
別の角度でMRIを見てみると、本来あるべき腱板の欠損部分が映し出されます。
腱板損傷の大きさがはっきりとわかります。
このような画像診断を経て、患者さんの状態が明らかになってきます。
腱板損傷の症例
〜29歳 男性の場合〜
左の写真は29歳の男性でボクシングをされている方です。
腕がしっかりと出せないということで来院されました。
しかし、腕が動くことは動き、練習もできる状態でしたが、違和感を感じておられました。
診察してみると、赤色矢印で示した棘下筋が切れて、筋肉が萎縮してしまった状態になっていました。
腱板が切れていても競技はできますが、このような状態で放置していると、筋肉が痩せてしまいます。
〜23歳 女性の場合〜
次は、23歳の女性です。
1か月前に左肩を強打して、別の病院で骨折がなくて打撲と診断されたのですが 、
いつまでも肩の痛みがとれず左の写真のように運動制限が続くので来院されました。
レントゲンを撮ってみると、赤い矢印の先に示した部分に小さな骨片が存在し、
骨折していることがわかりました。
MRIをとってみると、骨片がはっきりと確認でき、
明らかに上腕骨頭に信号の変化があって、骨折であるとわかりました。
しかし、腱板自体は完全に切れているわけではなくて、骨片とともに連絡性がありそうなので、
このままリハビリ療法で治療しました。
〜57歳 男性の場合〜
次は、57歳の男性です。
4か月前より疼痛が出現しましたが、徐々に運動制限も出てきました。
徐々に肩の運動制限が起こっていて、
日常生活でも支障があるため、MRIを撮って確認することとなりました。
赤色矢印の先で示した部分に、一部腱板が途切れて写っています。
このように部分断裂ではありますが、
可動域制限をおこすぐらい炎症が広範囲に波及していたものと思われます。
〜71歳 男性の場合〜
今度は71歳の男性です。
3日前に滑って転倒したときに
右肩を強打してしまってから痛くて腕が上がらないということで来院されました。
あきらからに右腕が上がりません。
よく見てみると、棘上筋と棘下筋の萎縮も見られました。
ですので、今回の転倒だけが原因ではなく、それ以前に徐々に腱板が傷んでいて、
今度の転倒が引き金になって発症されたのではないかと思います。
エコーを撮ってみると、右肩の腱板が薄くなっていて、
それが原因で腕が上がり辛くなっているのだとわかります。
レントゲンを撮ってみると、骨折などの所見は見当たりませんが、
肩峰と上腕骨頭の間が狭くなっているのがわかりました。
リハビリを続けて1週間後に腕が上がるようになりました。
ですので、腱板が1つ切れていても、切れた腱板の炎症が治まると、
写真のように腕が上がるようになります。
〜60歳 男性の場合〜
次は60歳の男性です。
転倒して肩を打ち、腕が上がらないということで来院されました。
よく肩を見てみると右肩が腫れていることがわかります
エコーを撮ってみると、左側のエコー写真(患側)は右側の健側に比べて、
腱板が薄くなっていることがわかります。
MRIを撮ってみると、棘上筋腱板が切れて、縮んでしまっていることがわかります。
しかし、炎症を押さえる治療しながらリハビリを続けて、
2週間後には痛みが軽快し、腕もあがるようになりました。
このように腱板損傷があっても、経過をしばらく見ていくことで、ほとんどがリハビリ治療でよくなります。
以上のように、腱板損傷はよほどのことがない限り、リハビリ療法で治ります。
しかし、痛みが強くて肩が上がらないというのは非常に辛いので、
痛み止めを打つとか、疼痛管理をしていくことで、
まずは炎症を押さえ、さらにリハビリで肩の動く範囲を取り戻していくことが大切です!
でも、どの姿勢でも痛みが強くて変わらないとか、
夜間痛で眠れないとか、
腕を使う時に生じる痛みが堪えがたいなどの状態が続くようであれば、
手術的治療も考えるべきかもしれません…。
しかし、腱板損傷にはいろいろな治療法があります!
肩の痛みで悩んでおられる方は、
ぜひ早目に専門医に御相談ください!