腋窩神経麻痺(えきかしんけいまひ)

肩を強く打って腕が上がらなくなるという疾患には、

腱板断裂という疾患がありますが、
実は、同じような原因で、腕が上がらなくなる別の疾患があります。

それが「腋窩神経麻痺」です。

このページでは、

あまり聞きなれない「腋窩神経麻痺」について、
腱板断裂と比較しながら、

どういった疾患なのかということを見ていただきたいと思います。

上の写真は右の腕が上がらないということを訴えて来院された患者さんです。

この「腋窩神経麻痺」の特徴は、

腕が上がらないという筋力低下(上の写真)と、
肩の外側のあたりの感覚が低下してしまう(下の写真で腕に斜線をかけた部分)という症状があります。

腋窩神経麻痺の病態

上の図は、右肩関節を後ろから見たものです。

頚椎の間から出た神経は首から肩、そして腕に向かって下りてきます。

その中の一本の神経が肩甲骨の裏を通り、

上腕骨に向かって巻きつくように走っているのが腋窩神経です。

この腋窩神経の通り道で、

上腕骨・上腕三頭筋長頭・大円筋・小円筋で囲まれた部分で圧迫を受けることにより、

「腋窩神経麻痺」が生じます。

外観から見ると、右図の×印のあたりに圧痛があります。

先程御紹介した、

筋肉aや上腕骨で囲まれた部分を「Quadrilateral space(後方四角腔)」といいます。

この部分は外傷によって中で出血がおこったり、

筋肉の何らかの作用で空間が狭くなるような状況が起こった場合に、
腋窩神経が締め付けられることになり、神経麻痺の状態となります。

腋窩神経麻痺の症状

腋窩神経麻痺の症状には大きく分けて2つあります。

1つは、肩の外側の感覚低下です。

上の図にあるように、腕の付け根の外側あたりに感覚の低下が生じます。

もうひとつの症状は、筋力低下と筋委縮です。

上の写真の→の部分に注目すると、右側の腕には筋肉のふくらみが見えますが(青色矢印の先)、
左側の腕では筋肉が痩せてしまって、へこんでいるように見えます(赤色矢印の先)。

この症状が出る理由は、

肩の一番外側にある三角筋と呼ばれる筋肉が腋窩神経の支配を受けているため、
三角筋が筋委縮してしまうからです。

腋窩神経麻痺と腱板断裂の筋委縮の違い

腋窩神経麻痺の場合
腱板断裂の場合

腋窩神経麻痺の場合は、三角筋が萎縮するので、肩の外側のふくらみが無くなります。

腱板断裂の場合は、肩の外側のふくらみは変わりませんが、
肩甲骨の周囲にある棘上筋と棘下筋が萎縮するので、

肩甲骨回りの部分で筋委縮が生じます(赤矢印の先で示した部分)。

それでは以下で実際の患者さんについて御説明していきたいと思います。

〜症例1〜

外傷の既往がなく、肩を上げるのが辛いということで、来院された患者さんです。

良く見ると、右肩の三角筋の筋委縮が少し見られます 。

横から見てみると、楕円でなぞった部分に知覚の低下が見られました。

そこで、腋窩神経麻痺と判断し、リハビリをしていただくことになりました。

リハビリとしては、

三角筋の委縮により落ちた筋力をアップするような運動を指導し、

1日に何度かやっていただくことにしました。

〜症例2〜

32歳の男性です。

右腕が肩を打った後から上がらないという訴えで来院されました。

良く見ると、左側の三角筋の委縮が見られます。

後ろから見てみると、

×印で示したところに圧痛があり、同じ部位をたたくと、

腕から肩にかけてひびく「チネルサイン」と呼ばれる所見が見られました。

別の角度から見ると、

左肩の三角筋が萎縮した付近(斜線を入れた部分)の感覚は、知覚低下を起こしていました。

この方は比較的、腕の上りが良く、筋力低下はさほどひどくありませんでした。

リハビリをしていただきながら、経過を見ることで回復していかれました。

〜症例3〜

28歳の男性です。

左腕が上がらないということと、痛みを訴えて来院されました。

肩を強く打撲してから、痛みが生じていたので、腱板断裂も疑いましたが、

三角筋の委縮があり、腋窩神経麻痺であると判断しました。

MRIを撮ってみると、腱板の損傷はなく、

肩甲骨の後方部分に血腫の存在を疑う所見がありました。

また別の角度からMRIを見てみると、

赤い丸で囲んだ付近に血腫が存在し、

血腫によってQuadrilateral spaceが狭くなっていることがうかがえました。

この方は血腫が消え行くに伴って、肩の痛みや腕の上がり具合の問題も消失しました。

〜症例4〜

46歳の男性です。左肩の痛みを訴えて来院されました。

5日前、バイクに乗っていてブレーキをかけた時にスリップして転倒し、

左肩を路面にぶつけて受傷されました。

当日、救急病院へ行って、

骨折はないが、腱板損傷をしている可能性があるので、

1週間ぐらい様子を見て、手が上がらなければ専門医のところへ行くように、

救急病院の担当医から言われたそうです。

そこで、受傷から5日後、インターネットで病院を検索して、当院へ来院されました。

外観では、赤色矢印で示した(×)部分に圧痛があり、楕円形で囲んだ部分に感覚低下が見られました。

左右の方の筋肉を比較してみると、左の肩の筋肉が右に比べて、へこんで見えるのがわかります。

以上のようなことから、腋窩神経麻痺であると判断し、リハビリをしていただくことになりました。


腋窩神経麻痺は外傷後の肩周辺の血腫やの他、

スポーツ選手では

肩関節脱臼時に一時的に生じることもあります。

また、研究報告によると、

スポーツ選手の

肩関節の過剰な繰り返し運動によって生じる場合もあると報告されています。

いずれにしても、

2~3か月経過観察していくうちに、

自然に症状が回復していく疾患です。

外傷後、肩や、腕の調子が悪い時には、
腱板断裂だけでなく、

腋窩神経麻痺も疑ってみてください。

また、そういった症状がある場合には、早い目に整形外科を受診されることをお勧めします。

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