練習を頑張っていたら、前腕がむちゃくちゃ痛くてたまらなくなった!(尺骨疲労骨折)
疲労骨折と言えば、走りこんだり、ジャンプ動作を続けたりすることで足に見られることが多いのですが、
腕にも使いすぎによって生じる疲労骨折があります。
中でも、多いのが尺骨の疲労骨折です。
このページでは、いくつかの症例を御覧いただき、
尺骨疲労骨折がどのようにして発生したのかについてご説明します。
下の絵にあるように、尺骨とは前腕にある2本の骨の内の1つです。

尺骨疲労骨折の起こる原因
①骨の形状的な原因
尺骨の構造は下の絵にある通りです。
Aが手首側で、Eが肘側になります。
Aの部分では手首の関節を構成するので、ねじり動作がしやすいように丸い形状になっています。
B→C→D→Eと肘の方に移行するにつれ、断面は徐々に丸い形状から三角の形状に変わり、
Eの部分では肘関節を構成するため、非常に厚く、頑丈な作りになっていきます。
しかし、BやCの領域では、薄く、細い形状をしているので、最もストレスに弱い領域であると考えられます。

②筋肉の起始部にかかる剪断力による原因
前腕の筋肉は腕から手首にわたる筋肉が集まっており、肘を曲げて重いものを支えるような力に作用します。
ですので、腕にかかる力はそのまま腕の2本のにもかかり、そのストレスがあまりにも強く繰り返されると疲労骨折が起こります。

上の図にもあるように、肘を曲げて、手のひらを上にあげたような姿勢を保ったまま、繰り返しストレスがかかると、
尺骨の中央部付近には垂直方向への剪断力がかかることとなります。
このようなメカニズムで発症する疲労骨折を「Lifting fracture」(リフティングによる骨折)と言います。

上のレントゲン写真は、当院で尺骨疲労骨折と診断したかたのものです。
チアーリーディングをしておられた方で、当時チアーリーデングで、
仲間をリフトアップしていて、腕が痛くなったということで来院されました。
そこで、レントゲンを撮って経過を見ていますと、尺骨に仮骨と呼ばれる疲労骨折の所見を見つけました。
この方は、クラブを休むことで痛みも治まり、良くなられました。
このように、リフティングなどによって生じるのが典型的な例です。
③繰り返されるねじれと止めの外力


前腕部で繰り返される運動のなかで、最もストレスがかかるとされる動作は手を内側へねじる動作です。
当院で経験した尺骨疲労骨折の例では、剣道部に所属していた方や太鼓叩きをしておられた方に多くみられました。
両方の動きに共通するのは、竹刀やバチを握りしめ、さらに内側に絞り込むような動作を行うことです。
さらに、竹刀の重みや、太鼓の皮からの反作用が腕にかかることです。

これらの動作は、ねじる動作は方形回内筋による働きで、
物を握りしめる動作を行う深指屈筋と、手首を捻る尺側手根屈筋の作用による3つの筋肉の働きで行われています。
これら3つの働きがずっとかかり続ける部分にストレスが過剰にかかり、
尺骨疲労骨折が起こります。
では、以下で、実際の患者さんの例を御覧いただきたいと思います。
〜症例1〜

中学2年生の剣道部員です。
右腕の痛みを訴えて来院されました。
思い当たる外傷もなく、練習の途中から痛みが出て、我慢して数日続けていたところ、いよいよ痛みが強くなり来院されました。
初診時の状態として、赤丸印で示した右前腕部の中央付近に腫れが認められました。
また、握る動作をすると痛みが増強することがわかりました。

初診時のレントゲンを見ると、赤丸で示した尺骨の中央部に亀裂が発見されました。
拡大してみると、はっきりと骨折線が入っているのがわかります。
ですので、尺骨疲労骨折であると判断して、取り外し可能なギプスを作って患部を固定しました。
また、クラブの休止を指導しました。

初診から2週間後のレントゲン写真です。
赤丸印で示したところに仮骨と呼ばれる骨の修復像が認められました。
この時点で痛みもなくなっていたので、固定を除去しました。

その後の経過のレントゲンです。
この2枚の写真は初診から1ヶ月後のものです。
2つの角度から見て仮骨形成がしっかりと認められます。

さらに、初診から1ヶ月半のレントゲンです。
仮骨がしっかりとわいて、中も充実していました。
この時点で徐々にクラブ復帰を許可して、腕のストレッチを十分に行ってもらうように指導も行いました。

初診から2カ月の時点のレントゲンでは、尺骨は完全に癒合していました。
骨が太くなって、強靭にいることがわかります。

初診から1年後のレントゲンです。
来ていただくまでの間、クラブも問題なくできていました。
1年前の尺骨の形状から、元の形状に近づきつつあるのがわかります。
これを「リモデリング」と言います。
この状態にまでなっていると、骨の修復が終了したといえます。

〜症例2〜

12歳の女子剣道部員です。
剣道部の練習中、徐々に左腕に痛みが出ていましたが、我慢をして竹刀を振り続けていました。
ところが、痛みが急に強くなって、練習ができなくなり来院されました。
赤い丸で囲んだ部分に腫れと、押さえた時の痛みが強くありました。

レントゲンを撮ってみると、骨折していることがわかりました。
しかも、骨折線がはっきりと確認できるぐらい完全に折れていました。

痛みが強く、手首を動かすことでさらに痛みが増強することから、ファンクショナル・ブレースと呼ばれる固定具を作りました。
こうすることで、患部の安静をはかり、骨がずれることを未然に防ぎます。

初診から2週間後のレントゲンです。
薄く仮骨の形成が認められました。

初診から1ヶ月後のレントゲンです。
仮骨の形成がより進んで、完全に骨の癒合が得られました。
この時点で固定を除去して、ストレッチなどを十分に行うことを指導し、クラブ復帰を許可しました。

〜症例3〜

16歳の男性剣道部員です。
右の腕の強い痛みを訴えて来院されました。
剣道部の3日間の合宿終了日に、特に思い当たる外傷もなく、練習中に腕に強い痛みを覚えたそうです。
レントゲンを撮ってみると、赤丸で囲んだところに骨折線が認められました。
取り外し可能なギプス固定を行い、経過を見ることにしました。

初診から1週間後のレントゲン写真です。
骨折線はまだはっきりと写っていますが、骨がずれることもなく、回復へ向かっていました。

初診から2週間後のレントゲンです。
赤丸で囲んだところに仮骨が形成されていました。
引き続き2週間程度固定を行うことにしました。

初診から2ヶ月後のレントゲンです。
徐々に骨折線も消失し、剣道の練習でも痛みを覚えないレベルまで回復しました。

初診から4ヶ月後のレントゲンです。
骨折線も完全に消失し、骨癒合が得られました。

〜症例4〜

中学2年生の女子剣道部員です。
以前から剣道部の練習中に左腕の痛みを感じていましたが、初診日当日、練習中、バーベルを持ち上げた際に、急に痛みが強くなり、物を握れなくなり来院されました。
レントゲンを撮ると、赤丸で示したように尺骨中央部に仮骨形成が認められ 、尺骨疲労骨折であると判断しました。
手首を動かすと痛みもあり、骨折であると判断したことから、取り外し可能なギプスで固定することにしました。

初診から1ケ月後のレントゲンです。
仮骨の形成がさらに進んで、骨癒合が得られました。
圧痛も消失し、手首を動かした時の痛みもなくなっていたので、固定を除去しました。
この時点でクラブ活動への復帰を許可しました。

〜症例5〜

19歳のソフトボール部員です。
右の前腕の痛みが続き、ピッチング練習が辛く、投げる動作ができなくなり来院されました。
初診時のレントゲン写真では、赤丸部分に薄い骨折を疑う線が見られ、圧痛やその他の所見から尺骨疲労骨折を疑い、クラブ休止を指導し、経過を見ていました。

初診から1ヶ月後のレントゲンで、赤丸部分に仮骨形成がはっきりと見られました。
この時点で痛みも消失していたので、クラブ復帰を許可しました。

しかし、半年後、再び右前腕の痛みを訴えて来院されました。
前回の状態は経過も良く、投げ方を少し変更したことによって、ピッチングも問題なくできておられました。
しかし、再来院の1週間前から、投げ方が以前のような方法に戻ってきたため、痛みが増強し、以前と同じような状態になってきたので、心配になって来院されました。
レントゲンを撮ってみると、仮骨が確認され、再び疲労骨折を疑ったので、1ヵ月間の投球禁止を指導しました。
研究発表によると、ソフトボール特有のウインドミル投法で前腕部内側が体の一部に打ちつけられることが、この骨折が生じる1つの要因ではないかと言われています。
当院でも、今回の痛みは上記の発症要因によるものと考えています。
尺骨疲労骨折は、発症メカニズムや、その競技特性などから疑うことができます。
最初は我慢できる痛みでも、骨折してしまうと痛みが我慢できず、競技が続けられなくなります。
今回の例では上げることができませんでしたが、
過去に応援団で痛みを我慢して太鼓をたたき続け、
完全骨折まで至り、ギプス固定を余儀なくされた方もいらっしゃいました。
運動中の繰り返す動作で前腕部の痛みを感じた場合には、
無理をせず、運動量を落とすなど工夫をしていただきたいと思います。
また、運動時に繰り返す動きで前腕が痛くなった場合には、
早い目に医療機関を受診されることをお勧めします!