筋肉・腱の付着部とは、筋収縮によるエネルギーを腱・靭帯を経由して、効率よく骨・関節に伝達するための構造です。
この筋・腱付着部炎はしばしば限局した痛みだけでなく、その周囲に痛みを訴えることがあります。
そのため、筋・腱付着部のみで理解しようとするのではなく、
その周囲組織に起こる変化を含めて病態を把握することが非常に大切です。
今回このページでは、股関節周辺の筋・腱付着部炎について痛みが出る場所、
症状などを実際の症例などをご覧いただきながらご説明していきたいと思います。
筋・腱付着部って、どうなっているの?
筋・腱付着部は基本的に線維軟骨を中心とした4つの階層構造を形成しています。
以下が筋腱付着部の基本構造となるイメージ図です。
非石灰化線維軟骨層は、筋肉や関節の動作時に生じる腱・靭帯の角度変化を伴った運動により
発生する圧迫ストレスに適応した構造と考えられています。
石灰化線維軟骨層は骨組織と強力に固着することで、腱・靭帯からの牽引および剪断ストレスに対抗しているといわれています。
筋・腱付着部の構造をわかりやすく説明したものが下の図です。
筋・腱付着部をたとえて言うならば、電化製品のコンセントプラグに当たります。
コードの部分は、腱・靭帯部分に当たり、プラグが骨に当たります。
そのつなぎ目とされる部分が、筋・腱付着部に相当します。
コンセントプラグも筋・腱付着部と同じく剪断力、圧迫力、牽引力に弱いため、上記の図のように補強されていることがわかります。
電化製品の具合が悪くなったときに、よくこのつなぎ目で断線し、電源がつかないといった経験をされた方も多いと思います。
このように、4つの構造は骨や関節に効率よくエネルギーをつたえながらも、
筋・腱付着部の破たんが起こらないようにストレスを分散・緩衝する機能も有しているといわれています。
大腿直筋付着部とハムストリングス付着部とはどこ?
以下では股関節前面、後面における筋・腱付着部炎についてご説明していきます。
下の図は、大腿直筋付着部(股関節前面)とハムストリングス付着部(股関節後面)の場所を示しています。
大腿直筋は上左の図で示すように、下前腸骨棘という水色丸印の部分に筋肉がついており、
股関節前面に当たる部分に位置します。
ハムストリングス付着は上右図で示すように、坐骨という緑色丸印とピンク色丸印の部分に筋肉がついており、
股関節後面(脚の付け根部分)に位置しています。
スポーツにおける筋・腱付着部炎
(大腿直筋付着部炎とハムストリングス付着部炎)
スポーツにおける筋・腱付着部炎は以下の図のように発症します。
微細損傷を起こした部位は、修復されては行くものの、完全に治癒へ到達することは極めて少ないといわれています。
再び繰り返しの機械的ストレスにより、微細損傷が生じ、筋・腱付着部は徐々に不可逆的な退行性変化に至るといわれています。
今回ご紹介する「大腿直筋付着部炎」や「ハムストリングス付着部炎」は前述したとおり股関節周辺に痛みを訴えます。
大腿直筋付着部炎は左上図のように「大腿直筋」が原因の筋肉となり、
サッカーでボールをける動作をすることなどで痛くなることが多くみられます。
ハムストリングス付着部炎は右上図のように「半腱様筋・半膜様筋・大腿二頭筋」が原因の筋肉となり、
マラソンなどの陸上競技で痛くなることが多くみられます。
治療は、痛みの原因となっている筋肉を伸ばしてあげるストレッチを行う事で症状が軽減します。
また、しばらくの間、運動強度を落としていただくことも必要です。
以下で実際の患者さんの症例をご覧いただきたいと思います。
大腿直筋付着部炎
11歳の男の子です。
左股関節の前面の痛みを訴えて来院されえました。
受診日当日の朝、野球をしていて、ボールをとっさに、とりに行こうと走ったとき、痛みを覚えたそうです。
その後痛みのため、走れなくなったそうです。
左の写真は、初診時のレントゲン画像です。
痛みを訴えている場所は赤丸印で囲んだ部分で、
押さえたときに痛むのが×印の所です。
膝を伸ばす動作で、痛みを訴えたり、
抵抗を加えると、さらに痛みが強くなりました。
年齢から下前腸骨棘の裂離骨折も疑いながら、
撮影したレントゲンを確認しました。
左のレントゲンは、左の股関節を別の角度から撮影したものです。
痛みを訴えている赤色矢印の部分には、裂離骨折像などはなかったため、大腿直筋付着部炎と診断しました。
運動を少し中止し、太もも前のストレッチを入念に行うように指導したところ、1週間で痛みは消失しましいた。
ハムストリングス付着部炎
47歳の男性です。
右坐骨部の痛みを訴えて来院されました。
4か月前、マラソンをしていて、右坐骨部のあたりが痛くなってきたそうです。
3か月前に、他の整形外科で、
右ハムストリングスの肉離れと診断を受けて治療を行っていましたが、症状に変化がないため、当院を受診されました。
左のレントゲンは初診時のものです。
赤色丸印で示した部分に痛みを訴え、赤色×印の部分に圧痛がありました。
左のレントゲンは別角度から撮影したものです。
赤色矢印の部分が痛い部位です。
レントゲン画像からは裂離骨折などの骨折線を確認することはできません。
右坐骨の疲労骨折も疑い、MRI撮影を行う事にしました。
左の画像はMRIの画像です。
坐骨部(股関節部)を側面から撮影したものです。
少しわかりにくいですが、赤色矢印で示した部分がハムストリングス付着部です。
坐骨そのものに輝度変化はなく、疲労骨折や裂離骨折は除外されたことから、ハムストリングス付着部炎と診断されました。
治療としては、ストレッチを継続していただきながら、経過を見ていたところ、スポーツを完全休止してから約2ヵ月程度で痛みが軽減してきたとのことでした。
筋・腱付着部炎は全身どこにでも起こる可能性があります。
筋・腱付着部炎による痛みは、きちんと治療を行わないと長引き、
スポーツをされる方にとっては、パフォーマンスが上がらない原因にもなりかねません。
体の痛みを感じたときには、すぐにお近くの整形外科を受診されることをお勧めいたします。