リトルリーグの少年たちに起こる肩の障害については他のページでも御紹介しましたが、
今回はもう少し上の年代、高校生、大学、社会人の肩の障害にはリトルリーグの少年たちとは少々違いがあります。
そういった年代の野球肩についてご覧いただきたいと思います。
左の図は右の肩関節を後ろから見たものです。
棘上筋、棘下筋、小円筋が見えますが、これに肩甲下筋を加え総称して「腱板」といいます。
これらは肩の関節をとりまく筋肉群です。
投球時にはこれらの腱板が連動して働きます。
さらに、肩関節の後方には、小円筋のそばに大円筋、上腕三頭筋があり、これらの筋肉と上腕骨で取り囲まれた空間の中を神経が通っています。
神経の通り道をふさぐかのように締め付けがおこる場合がありますが、肩関節の後方を押さえて強い痛みと、肩の筋肉が痩せて細くなっている場合などは、この部分での神経圧迫障害が考えられます。
また腱板の働きは、投球時に上腕骨頭と肩甲骨の関節窩を安定させます。
この図のように腱板が収縮することにより、青色矢印に示したような力が働いて、投球動作の途中で、肩関節の安定化が保たれます。
さらに、関節を安定させるために、投球のような腕を上げる動作の時には、関節上腕靭帯というバンドの役割をする組織が緊張を保って、腕がはずれないように肩関節と腕をつなぎ止めています。
投球時の関節の安定化には肩関節の他に、肩甲骨の動きが重要になります。
中でも、左の図にあるように、肩関節とは違う位置にある、肩甲骨と脊柱の間を橋渡しする筋肉に負担がかかります。
この筋肉が疲労で硬くなってくると、肩甲骨の可動域が狭くなり、腕をトップのポジションに上げきることができす、無理な投球動作をしてしまうことになります。
その結果、必要以上に肩関節に負荷がかかって痛みが生じます。
投球時には肩関節はどうなっているの?
ボールを持って投げる形に入った時、棘上筋が収縮して上腕骨頭を引き寄せて肩関節を安定させています。
これが腱板の働きです。
その一方で腱板の外にある三角筋は腕を上方に上げる強い作用をもち、トップポジションへ腕を持っていきます。
ボールを投げるときに腕のしなりが生じる瞬間は、腱板にもねじれの負荷がかかっています。
さらに骨頭を安定させるように棘下筋や小円筋などが働きます。
ボールに加速して勢いをつける瞬間はさらに肩にはひねりの力がかかるので、関節の中ではいろいろな方向へ複雑な力が働きますが、肩関節は安定を保ちつつ、 ボールを前に押し出す動きをします。
その時に棘上筋と三角筋はほぼ同じような方向へ収縮を保って肩関節の安定を司ります。
ボールをリリースしてフォロースルーに至るときには、左の図にあるように、ボールを投げた方向へ行こうとする上腕骨を引きとめるように、腱板は収縮します。
さらに、腱板には腕が引っ張られる方向に抵抗しながら、なおかつ縮むという相反する力が同時にかかります。
つまり、腱板には投球時に過度なストレスがかかります。
ですので、繰り返す投球動作によってストレスが腱板にたまり、 腱板が疲労で硬くなってくるのです。
これが疲労で肩が張るという原因の一つです。
投球時に肩関節にかかるストレスとは?
左の図は、前方から見たボールを投げようとする肩関節の図です。
棘上筋に過度のひねりがかかり、上腕骨に接する付近の腱板に剪断力がかかっています。
左の図は、肩関節を上から見たものです。
本来は棘上筋の収縮によって肩の安定化が保たれます。
しかし、何らかの肩関節の異常により、上腕骨頭が前方に移動することが生じれば、棘上筋腱板が骨と骨との間で挟まってしまう現象が起こります。
その状況を拡大したものがこの図です。
ただでさえ、投球動作時に負荷がかかる腱板が、不安定な関節によって、さらに大きな負荷にさらされることになります。
また、このようになると、赤丸で示したように、腱板の一部がはがれて、上腕骨頭と関節窩に挟まれて傷ついてしまいます。
上腕骨頭と関節窩に挟まれた腱板は関節包面断裂という状態になってしまいます。
ですので、MRIでこういった画像所見があったとしたら、単に腱板が損傷されているだけでなく、その背景として肩関節が不安定であるということが前提にあると推測できるのです。
球動作をスムーズに行うためには、関節の周辺にある関節包にゆとりがなければなりません。
肩関節には、後下関節上腕靭帯と前下関節上腕靭帯があり、その二つの靭帯でで構成されている腋窩嚢と呼ばれるポーチがあります。
安静時には、腋窩嚢は腋の下に位置しますが、投球時には、腕の捻りに連動して、後方へ移動します。
しかし、この腋窩嚢が疲労の蓄積によって拘縮してしまうと、関節にゆとりがなくなってしまい、十分に腕が捻れなくなってしまいます。
そうなると、過度の肩の開きを生じることになり、肩が不安定となります。
こうやって肩関節の歪が大きくなり、その結果、本来なら投球で傷めるはずのない組織に負荷がかかってしまいます。
その負荷によって生じた疾患の一つにこの図のSLAP lesion(スラップリージョン)があります。
肩関節窩の上方部分には上腕二頭筋長頭腱が付着していて、投球動作によって引っ張られた関節唇が少しずつ剥がれていきます。
関節窩から関節唇がこのようにして剥がれた疾患を
スラップリージョンといいます。
いろいろなタイプがあり、痛みの原因となっているときには手術療法が選択される場合があります。
スラップリージョンをおこす仕組みは、この図のようになります。
上腕骨が過度のひねりをおこしてしまうと、上腕二頭筋長頭腱もひねりが強くかかり、関節唇をはがしてしまいます。
このようにしてスラップリージョンがおこります。
投球動作の中で、肩に負担がかかっていないかどうかチェックする1つのポイントとして、肘が上がっているか、いないかを見るということがあります。
肘が上がった状態であると、上腕骨のラインと肩甲骨のラインが一致して、肩関節は安定した状態が保てるので、無理なくボールに力を加えることが出きます。
したがって、肩だけでなく、肘にもいい影響があります。
しかし、肘が下がると極度に肩が前開きとなり、肩関節の前方部分に過度な負担がかかります。
ですので、投球動作時における肩関節のストレスを少しでも解消するためには、投球フォームをチェックすることが重要です。
評価の方法
リハビリをする前に、肩関節の動きの評価を必ず行います。
左の写真は外旋と呼ばれる動作です。
一般に投球をする側の肩関節はこの外旋の可動域が広がるといわれています。
次は、内旋という動作です。
この評価は肩関節の後方構成体の拘縮を評価する上でも有用です。
投球障害を持つ患者さんの多くは内旋の可動域が制限されるといわれています。
また、別の角度で外旋の角度を評価します。
さらに、別の角度で内旋の可動域も評価します。
この評価を反映してストレッチをしていきますが、その方法は…。
ベッドに横向きになり、上の方の自分の手で、下の手を持ち、ベッドに向かって倒していきます。
肩甲骨のところに伸びる感じがするところで、10秒キープします。
こうすることで、肩関節後方構成体のストレッチができます。
また、他の方法として、左の写真のように肩関節の後方をストレッチします。
下にある腕をベッドから90度に上げ、上の手で体の前に寄せてきます。
この状態で10秒キープします。
頭の方から見て、左右の肩関節の位置について確認します。
まず、腕を下にした状態で肩の位置を確認してみます。
また、腕を上にした状態(投球したのと同じ状態)でも肩の位置を確認します。
左右の肩の高さが違う場合には、肩甲骨の位置に異常があるとわかります。
異常があった場合には、肩関節だけでなく、肩甲骨を取り巻く筋肉にも疲労があり、伸張性が失われていると考えます。
こういう状態の場合、両肩をベッドの方に押し込むことで、胸郭を張り、肩の前方をストレッチします。
腱板のトレーニング
肩関節に強く負担をかけないで、腱板を収縮させることにより、肩関節の安定化をはかるトレーニングです。
右肩が傷む場合、左手で、右腕の前腕部を押さえます。
支えた手に抵抗をかけるように、右腕で外側に押し出すように力をかけます。このときに脇を動かさないように気をつけてください。
この状態で5秒キープします。
今度は反対に左手を内側に置いて、右腕で内側に押し込む感じにします。
脇を開かないように気をつけて行いましょう。
この状態で5秒キープします。
内側、外側合わせて10回を1セットとして2~3セット行ってください。
脇を動かさないことが、このトレーニングのポイントです。
一見肩関節が動いていないように見えますが、腱板はしっかりと収縮します!
今度はチューブを使って負荷をかける運動です。
ゴムチューブを足で踏みつけるようにして、ゴムチューブを斜め上方に上げていきます。
角度は30°~45°を目指しますが、体が傾かないように気をつけましょう。
腕を上げ過ぎると、腱板そのものの収縮ではなくて、肩周りの別の筋群を使ってしまうので、上げ過ぎにも注意しましょう。
リズミカルに10回をワンセットとして、2~3セット行ってください。
今度は肘を90°に曲げて、腕を外に動かす運動です。
ゴムチューブを体の横にある物にひっかけて、脇を締めて、上腕部分を軸にして腕を開きます。
チューブを引くときに、体を動かさないように注意してください。
リズミカルに10回をワンセットとして、2~3セット行ってください。
ゴムチューブを先ほどと反対側にセットします。
肘を締めて、上腕部分を軸にして内側に引っ張ります。
リズミカルに10回をワンセットとして、2~3セット行ってください。
チューブを引くときに、体を動かさないように注意してください。
今度は肩甲骨を取り巻く筋肉を収縮させて肩関節の安定化を図るトレーニングです。
チューブを左手に持ち、肩からまわしてきて右手で持ちます。
肩甲骨の動きだけで、腕を前に出します。
肘を曲げ伸ばしして打ち出すのではなく、肩甲骨の動きだけで前後に腕を動かします。
イメージとしては、肩の根元から腕をほんの少し2~3cmぐらい先の物を取る感じです。
リズミカルに10回をワンセットとして、2~3セット行ってください。
チューブを引くときに、体を動かさないように注意してください。
今度は錘を持って肩を上げ下げします。
できれば鏡を見ながら、左右が同じ高さになるように上げます。
肩の調子が悪い場合、肩の上げ方の左右差が出てきます。
それを同じ動きになるように気をつけながら行いましょう。
リズミカルに10回をワンセットとして、2~3セット行ってください。
投球動作はどうしても肩に負担がかかります。
しかし、上の模式図のように、
同じ投球時にかかる負担の総量が同じであったとしたら、
足や体幹を使って投球を行うことが肩の負担を軽減することにつながります。
ですので、肩関節の負担についてこのページではずっと述べてきましたが、
肩だけではなく、体幹や足も総合的に診て、
肩に負担がかからないためにはどうすればいいのかを
当院では患者さんとともに考えていきます。
野球肩でお悩みの方は
是非、早い目に専門医にご相談ください!