外傷性腓骨筋腱脱臼は受傷時には足関節捻挫として見逃され、
慢性化してからしてから発見されることが多く、手術治療が必要となります。
また、受傷時に腓骨筋腱脱臼と診断されても、保存的治療での再脱臼率が高いとの報告が多いため、
手術治療が選択される傾向にあります。
当院では、新鮮例の外傷性腓骨筋腱脱臼に対してギプス固定の際に工夫を加え、
良好な成績が得られています。
そこで、このページでは腓骨筋腱脱臼について簡単にご説明し、当院での治療方法について報告します。
腓骨筋の解剖学的特徴
上の図にあるように、腓骨筋には長腓骨筋と短腓骨筋の2つがあります。
長腓骨筋は腓骨の中枢2/3および脛骨外顆より始まり、
足関節外果(外くるぶし)の外側を経て第1中足骨の基部と内側楔状骨に付着する筋で、
腱の部分が長くなっています。
一方、短腓骨筋は腓骨末梢2/3より始まり、第5中足骨に付着しています。
見出し腓骨筋腱が脱臼してしまう理由は・・・
腓骨筋腱脱臼の殆どは、長腓骨筋腱が脱臼します。
これは足関節外果の後方では長腓骨筋腱が短腓骨筋腱に比べ外側に位置しているからです。
また、足関節を90°直角にしている場合では腓骨筋腱は後方に125°の角度でカーブしていますが、
足関節を背屈(足の甲側に曲げる)すると90°の角度で深く曲げられてしまい、
前方外側へ押し出されるような力が加わります。
長腓骨筋は腱組織の部分が長い上、
急激な方向転換などを強いられる機会が多いため、
脱臼の危険性があります。
腓骨筋腱脱臼の診断
外傷性腓骨筋腱脱臼の新鮮例の場合は、足関節捻挫に似た症状を認めます。
来院時点では脱臼した腱が自然に整復されていることが多いため、見逃されることがあります。
赤い丸で囲んである部分には腫れと痛みを伴っています。
そこで鑑別方法としては、足関節を約30°底屈、内反位とし、検者の母趾を用いて足関節外果の後面に強く当てながら後方より前方へ移動させることにより、腓骨筋腱を外果に押し出して脱臼を誘発させる方法があります。
こちらは、脱臼した状態の写真です。
本来ならば、青い丸印のところに腓骨筋健は収まっているのですが、脱臼をすると、外くるぶしの上(赤色○印のところ)に乗り上げます。
こちらの写真は別の症例です。はっきりと外くるぶしの上に腓骨筋腱が乗り上げているのが確認できます。
このようなケースは、足首を動かすことで簡単に脱臼を誘発させることができますが、なかなか腓骨筋腱が乗り上げることがない場合もあります。
また、スクワット動作および抵抗下で足関節を内反位から外反させることにより、腓骨筋腱が外果(外くるぶし)に乗り上げることを確認できる場合があります。
こちらの映像は、また別の患者さんのものですが、ご自身で腱が脱臼を誘発しています。
外果の上に腓骨筋腱が乗り上げていることがわかります。
エコー画像
画像検査としては、エコー検査が脱臼した腱の状態をみるのに適しています。
上の左のエコー画像は、腓骨から脱臼した腓骨筋腱の状態を示した画像です。
腱は腓骨の上に乗り上げていて、周囲には浮腫を伴っている所見が見られます。
右側のエコー画像では、元の位置に整復された腓骨筋腱が確認できます。
保存療法の対象となる患者さんは?
ギプスを用いて行う保存治療の対象となる患者さんは、ケガをしてから2週間までの患者さんに限られます。
その理由は、脱臼した腱を整復した際、再び脱臼しないように周囲の組織を緊張した状態を保ったまま固定したいからです。
脱臼してから時間がたってしまうと、周囲の組織の緊張が失われてしまったまま治ってしまうので、
再脱臼の確率が高まるからです。
治療の方法
足関節底屈20°で下腿より前足部までのギプス固定を行います。
ギプス材料としては石膏を用いたり、水硬性キャスティングテープ(キャストライト)を用いたりします。
ギプス固定の際に、ギプス内での腓骨筋腱の再脱臼を予防する目的で、腓骨筋腱を押さえこまないように形をとって固定します(赤色の○の部分)。
外果の腫れの消失と筋委縮によるギプスの緩みに対処するために、1~2週間ごとにギプスを巻き替えます。
ギプス固定は4~6(平均5.2)週間行います。
初診時にスクワット、徒手による脱臼再現を行ったときに腓骨筋腱溝より腱の逸脱が大きくない例では固定期間を4週間とします。
こちらは、キャスティングテープを用いて固定した場合の写真です。
最近では、こちらのほうが主流です。
キャスティングテープを使うと、軽くてひび割れもしにくくて便利です。
赤○印のところは、ギブスが固まる前にくるぶしの形をとって腓骨筋腱が脱臼しないように固定しています。
キャスティングテープ固定を下から見たところです。
ギプス固定期間中は松葉杖を用いて、患肢に体重をかけないように歩行していただきます。
以下で実際の患者さんの症例をご覧いただきたいと思います。
〜症例1〜
37歳の男性です。
右足、外くるぶしの痛みを訴えて来院されました。
前日、脚立を下りていて、踏み外した際に、足に音がしたそうです。
その後、外出もできましたが、歩いている最中に右足首の後面で音がして、痛くなったので、当院を受診されました。
こちらの写真は、初診時のものです。
外果の周辺が腫れ、周囲に皮下出血も認めました。
赤色矢印の所に圧痛があり、足首を動かした時の腓骨筋腱の脱臼誘発テストで陽性であったので、腓骨筋腱脱臼の新鮮例であると判断しました。
レントゲン写真を撮ってみると、骨折を疑う所見はありませんでしたが、腓骨の遠位部周辺の軟部陰影が大きく腫れているのが確認できました。
このことから、小骨片を伴うような腓骨筋腱脱臼のタイプではないと確認できました。
エコー画像では、腓骨上に脱臼した長腓骨筋腱が確認できました。
(赤色矢印で示した部分。)
そこで、徒手整復を試みてみました。
徒手整復をした状態では、周囲の軟部組織とともに脱臼した長腓骨筋腱が、腓骨筋腱溝に収まっているのが確認できました。
この位置で腱が安定していたので、ギプス固定による保存療法を試みました。
ギプスを巻いたときの外観です。
腓骨筋腱が再脱臼しないように、外果から腓骨に沿ってモデリングをしています。
(赤色矢印で示した部分。)
そして、松葉杖による歩行では、約4週間は体重を患部にかけないようにして歩行していただくようにしました。
その間、ギプスに緩みが生じた場合には、巻きなおしを行いました。
ギプス固定を始めてから2週間が経過した時点でのエコー画像です。
長腓骨筋腱の浮き上がりも無く、良好な整復位が得られていたので、この状態を保ちながら、後2週間ギプス固定を継続しました。
初診から5週の時点で取り外しができるように、ギプスシャーレに切り替え、最終的には合計6週間の固定を行いました。
ギプス固定を始めてから5週の時点での外観写真です。
初診時にみられた腫脹は消失しており、長腓骨筋腱が脱臼している様子はありませんでした。
その後、リハビリを経て、塗装業のお仕事に復帰され、その後、お仕事上での腓骨筋腱の再脱臼は生じていません。
〜症例2〜
32歳の男性です。
前日、ボルダリングをしている最中、左足を踏み外したとき、ボキッと音がして、落下されたそうです。
その当日、近隣の整形外科を受診して、腓骨筋腱脱臼という診断を受けて、手術を勧められましたが、腑に落ちないため、インターネットを検索して、当院を受診されました。
こちらの写真は、初診時のものです。
赤色矢印で示した部分に圧痛があり、くるぶしの周辺に指を当てて、腓骨筋腱の脱臼誘発テストをすると、陽性であったので、改めて腓骨筋腱脱臼であることが確認できました。
レントゲン写真を撮ったところ、小骨片を伴うような画像所見は認められませんでした。
患側では、外果の外側の軟部組織の陰影が大きくはれていることがわかりました。
(赤色の部分)
エコー画像では、腓骨の上に長腓骨筋腱が確認できました。
脱臼位にあった長腓骨筋腱を整復し、安定していることが確認できたので、ギプス固定による保存療法を行いました。
ギプス固定を行った直後の外観写真です。
外果後面から腓骨の後外側にかけてモデリングをして(赤色矢印で示した部分)、長腓骨筋腱の浮き上がりを押さえるように処置しました。
ギプスをした状態で撮ったレントゲン写真です。
モデリングをしたことによって、周囲の軟部組織の浮き上がりが抑えられているのが確認できました。
そこで、約6週間のギプス固定を試み、緩みが生じた場合には巻きなおしを行いました。
松葉杖を使って歩行していただくように指導し、患部に体重がかからないようにしていただくようにしました。
ギプス固定を開始してから6週間後のエコー画像です。
長腓骨筋腱は腓骨の後方に収まり、良好な整復位が得られていたので、ギプスを除去して、取り外しが可能なギプスシャーレに変更しました。
この時点から、全体重の3分の1をかけるように練習をして、固定開始から9週目で全体重をかけて歩いていただくようにしました。
ボルダリングにも復帰され、その後再脱臼も起こしておられません。
〜症例3〜
39歳の男性です。
3日前に、洗車していてしゃがみこんだ姿勢から立ち上がった時に、左足外くるぶしの付近で音がしたそうです。
その後、腱の脱臼感を覚え、歩くことができなかったそうです。
レントゲン写真を撮ったところ、外果の外側の軟部陰影が大きく腫れていることがわかりました(赤線の部分)。
圧痛や腫れている個所から、腓骨筋腱の脱臼が考えられたので、脱臼誘発テストをエコー下で試みました。
エコー画像では、腓骨上に長腓骨筋腱が脱臼して乗り上げていることが確認できました。
徒手的に整復位を保つように整復を試みたところ、安定した位置にあることが確認できたので、ギプス固定を行いました。
この症例は、長腓骨筋腱の脱臼を誘発するには徒手的に行わないと脱臼が誘発できなかったことから、比較的、安定型の腓骨筋腱脱臼ではないかと考えました。
ギプス固定を行った状態で撮影したレントゲン写真です。
外果周囲の組織を押さえこむことができています(赤色の線の部分)。
その後、6週間固定を継続し、ギプスが緩んだ時点で巻きなおしを行いました。
ギプス固定を開始してから6週間後のエコー画像です。
長腓骨筋腱は腓骨の後方に安定した位置にありました(赤色矢印の部分)。
その後、再脱臼などの問題もなく過ごしておられます。
腓骨筋腱脱臼に対する保存療法は、なるべく受傷してから早い段階で固定の処置を行う方が良いと考えています。
ですので、捻挫であると間違えて治療していた場合は陳旧化する恐れがあり、
保存療法を行う時期を逸してしまう恐れがあります。
また、外傷性腓骨筋腱脱臼の保存療法を行うためには、松葉杖による免荷歩行と約6週間にわたるギプス固定が必要であると考えています。
当院では、こういった考え方のもとに外傷性腓骨筋腱脱臼の治療を試みています。