スポーツによる怪我の中で、つき指や指の付け根の捻挫はよくみられる疾患です。
でも、中には、捻挫と思って放置していると、なかなか痛みが引かずに指の痛みが長く残る場合もあります。
このようなケースでは、単なる捻挫ではなく、側副靭帯損傷である場合があります。
このページでは、橈側側副靭帯損傷について判断するポイントや治療方針などについてご説明したいと思います。
母指MP関節の構造
上の図は、MP関節を横から見た図と、下から見た図です。
母指から小指までMP関節はおおよそ上の図のようになっています。
側副靭帯は関節包を補強するように側面を支え、関節の側方動揺を押さえる構造になっています。
しかし、母指は他の指と違って、多方向に動くようにできているため、構造が複雑になっています。
上の図は、右の母指の解剖図です。
中手骨と基節骨で構成される関節が「MP関節」です。
その関節の側面を「橈側側副靭帯」と「尺側側副靭帯」が両方から支えています。
そのさらに外側は、母指の動きに関係する筋肉群が存在します。
もし、側副靭帯が損傷した場合、上記の構造に破たんをきたし、母指の安定性が損なわれることになります。
MP関節の動きと側副靭帯の役割
上の図はMP関節で指を伸ばした状態と、曲げた状態の解剖図です。
側副靭帯は指を伸ばした時には弛緩して、曲げたときに緊張します。ですので、スポーツの最中に、何か物などを握ったまま転倒するとか、何かをつかもうとして指がはじかれるような外力がかかると、緊張している側副靭帯に強力なメカニカルストレスがかかり損傷してしまいます。
各靭帯損傷の特徴的な症状
母指の側副靭帯損傷の場合、どのような症状がみられるかを示したものが下の表になります。
| 尺側側副靭帯損傷の場合 | 橈側側副靭帯損傷の場合 | |
| 受傷肢位 | スキーのストックなどによって 橈屈・外転を強制される。 | 転倒し、手をつき、母指が過伸展される。重量物の落下。 |
| 放置することで生じる障害 | 物をつまむ力が入らない。 物を握っても支えきれない。 | ボタンを押す動作で、力が入らない。 柔道選手が襟をつかめない。バスケットボールのシュート動作がしにくい。 |
徒手検査とX線ストレス撮影による診断
橈側側副靭帯損傷では、上の写真にあるように青矢印の部分で靭帯損傷が起こるため、母指を尺側へ内転させるようにストレスをかけると、母指MP関節が亜脱臼します。（右の写真）また、レントゲン写真でMP関節部での亜脱臼像が確認できます。
以上のような診断で、母指MP関節橈側側副靭帯損傷と判明した場合、
受傷して間もない新鮮例では、ギプス固定などによる保存療法を行います。
受傷当初は捻挫と思い、放置していた例では、装具両方を行なって関節部の不安定性を最小限に抑えることを試みます。多くの場合、橈側側副靱帯損傷は保存療法で治ります。しかし、中には不安定性が強く、長期に渡り日常生活上で著しく支障をきたす場合では手術をする場合もあります。
以下で、実際の患者さんについてご覧いただきたいと思います。
48歳の男性です。
約2ヵ月前、ゴキブリをスリッパで叩いたときに、
自分の親指を誤って床に叩きつけてしまい、
右母指を受傷されたそうです。
近隣の整形外科へ行き、骨には異常がないと言われたため、
しばらく様子を見ておられたそうですが、
痛みがまったくとれないという事で、来院されました。
日常生活では、お箸を持つときや、ペットボトルのふたをあけるときに、痛みと力の入りにくさを訴えておられました。
左の写真は左右の手を比較したものですが、
このレントゲン画像では特に異常は見受けられませんでした。
しかし、左右ともに母指を尺側に内転して、
レントゲンによるストレス撮影を行ったところ 、
患側である、右母指MP関節（赤色矢印の部分）では、
健側に比べ、関節裂隙が開大していることがわかりました。
以上のことから、右母指のMP関節橈側側副靭帯損傷であると判明しました。
病態が確認できたので、患部の安静を目的に、
取り外しのできる固定具で固定を行いました。
60歳の男性です。
昨日、工場で作業中に右母指を機械に巻き込まれ、
受傷されました。
上の写真は外観写真とレントゲン画像です。
上の写真は２つの方向から撮影したレントゲン写真です。健側（青い丸）は基節骨と中手骨の位置が安定した位置で対峙してるのですが、患側（赤い丸）では基節骨と中手骨の位置がずれており掌側に亜脱臼しています。
上の写真は徒手検査をしている場面とレントゲン撮影下でストレステストを行なったものです。
レントゲン写真では右母指MP関節（青色矢印の先の部分）で、関節裂隙の開大が見られ、不安定性が確認できました。
以上のことから、MP関節の不安定性が患・健側差で大きく差を認める上、将来的に就労時に不自由さが生じることが予測されるため手術療法を行いました。
上の写真は手術後のレントゲン写真です。
手術は、MP関節を一時的に固定するために、鋼線を入れ、断裂した側副靭帯を元の位置に縫合する手術を行いました。
手術後のレントゲン画像では、MP関節は正常な位置に戻っていることが確認できました。
橈側側副靱帯損傷は、多くは固定療法で治ります。しかし、初診時に捻挫と思っていてなかなか痛みが引かないケースでは本疾患を疑う必要があります。長引く痛みに伴いスポーツを中止しないといけない状況にもなりますので、母指MP関節の痛みでお困りの場合は早めに近くの整形外科への受診をお勧めします。