前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ)

手の指が動かしにくくなる疾患の一つに「前骨間神経麻痺」があります。

前骨間神経は、正中神経の枝の一つで、
別ページでご紹介した手根管症候群も同じ正中神経の麻痺による疾患ですが、
出てくる症状には違いがあります。

このページでは、前骨間神経麻痺の特徴と、他の神経麻痺とを鑑別するポイントなどについてご紹介していきます。

前骨間神経の走行

正中神経の運動枝である前骨間神経は、肘関節からやや遠位部で正中神経の本幹から分岐し、
示指・中指深指屈筋、長母指屈筋への筋枝を分岐し、さらに末梢へと下行し、

方形回内筋を支配しています。

したがって、以上の神経が障害を受けると、
以下の図のような症状が出てきます。

前骨間神経麻痺の症状

示指・中指深指屈筋や長母指屈筋が麻痺を起すと、ピンク色の矢印で示したように、
母指と示指で、きれいな丸が作れなくなります。

これは、前骨間神経麻痺を見つける手掛かりとなるテスト法で、
パーフェクトO(オー)サイン」と言います。

前骨間神経麻痺であれば、つまみ動作を行うと、母指と示指で涙型の形状の輪しか形成できません。

上の図は両手をグーにしてもらった写真です。
黄緑の矢印で示したように母指を自分の意思で曲げることができません。

また、赤色矢印で示した示指も曲げることができないので、
完全に指を握りこむことができません。

また、方形回内筋が麻痺を起すと、
下の写真の黄緑色の丸で囲んだ部分で示したように、
肘を曲げた状態で前腕を内側にひねる事が出来なくなります。

前骨間神経麻痺と手根管症候群との違い

前骨間神経麻痺と手根管症候群は、ともに正中神経の麻痺で生じる疾患です。

しかし、その症状には大きな違いが見られます。

以下で、その違いについてご説明します。

左の写真は、前骨間神経麻痺で見られる特徴的な外観です。

母指と示指が曲げられず、いわゆる「祝祷指位」といわれる指の形になっています。

一方、右の写真は、手根管症候群で見られる外観です。

黄色の矢印の母指球の部分が筋委縮を起こし、いわゆる「猿手」といわれる状態になっています。

また、前骨間神経麻痺は、運動枝のみが麻痺を起すため、知覚障害はおこりません。
一方、手根管症候群は、正中神経の本幹が手根管部で圧迫を受けるため、物をつまみにくくなったり、同時に痺れ感を訴えます。

以上のような違いを押さえておけば、どちらの疾患であるか鑑別が可能です。

では、以下で実際の患者さんについてご覧いただきたいと思います。

〜症例1〜

50歳の男性です。

目覚めてから、左手の痺れと脱力感を感じ、来院されました。

2週間前に、お酒を飲んで、カウンターに前腕を置き、その上に頭を載せて寝てしまわれたそうです。

こちらの写真のように、左手は母指と示指が完全に曲げられず、いわゆる「祝祷指位」が認められました。

また、斜線の部分に痺れがありました。

こちらの写真は、ご自分の力で母指のIP関節(第1関節)を曲げていただいている所です。

IP関節は、伸展は可能でしたが、こちらの写真のように屈曲することができませんでした。

こちらの写真はご自身の力で中指DIP関節(第1関節)を曲げていただいているものです。

中指DIP関節の屈曲は可能でした。

以上のことから、前骨間神経麻痺と診断し、経過観察を行いました。

こちらの写真は、初診から約2週間後のものです。

麻痺が少し改善し、握りこむことが可能になってきました。

こちらの写真は、2週間前と同じように御自身の力で 指を曲げていただいている所です。

まだ母指IP関節と示指DIP関節の屈曲は完全にはできていません。

また、肘を曲げた状態で、前腕を内側にひねる事が出来ません。

この方の場合は、手の指の痺れ感も訴えておられたので、純粋な前骨間神経麻痺であるとは断言できません。

しかし、前骨間神経麻痺のなかには不全麻痺もあることや、理学所見などから、この疾患であると考えられました。

その後の経過としては、最終的にどうなったのかまではわかりませんが、日常的には支障がなくなったものと思われます。

~症例2~

52歳女性です。右の母指、示指の先が曲がらないという訴えで来院されました。

来院の3か月前に突然、頸部と右上腕の痛みが出現し、約1週間後に痛みは消失したそうです。

しかし、そのあとから右母指と示指の先が曲がらないことに気づいて、近医を受診されましたが、

わからないと言われたので当院を受診されました。日常生活では、コインをつまみにくいことや

箸が持ちにくいということに不自由さを感じておられました。

他院では、頸椎のMRI撮影をされたそうですが、異常所見は認められなかったとのことです。

初診時の状態が以下の画像です。

初診時の所見では、前腕中央付近の2か所にチネル様徴候が認められました。(左の写真)

また、パーフェクトOサイン(右の写真)を左右の指で比べると、

母指IP関節と示指DIP関節が曲がらず、ティアドロップ(涙のしずく)サインを認めました。

他に症状を確認したところ、知覚低下やしびれ感は認めず、上腕や前腕の筋力は

右前腕の回内筋力だけが低下していました。

下の動画は、初診時の指の屈伸動作を撮影したものです。右の母指と示指が曲がっていないことが

わかります。

下の写真は初診時からその後の指の動きが回復していく経過をあらわしたものです。

初診から3カ月後では明らかな変化は認めませんでしたが、4カ月を過ぎたころから変化が見え始め、

5カ月の時点では、患健側差がほとんどない状態にまで回復していました。

下の動画は初診から5カ月が経過したものです。

初診時に見られた指の屈伸障害は回復していました。

下の動画は初診から6カ月が経過したものです。

このように、母指や示指が単独で屈曲できない場合には、腱の断裂も疑う必要があります。

そういった場合には、エコーなどの補助診断を行う事で、鑑別が可能となります。

前骨間神経麻痺は、学術論文などの報告では、保存療法で6カ月~9カ月程度経過を見て、
麻痺が改善してくる傾向が見られれば、予後が良好であると言われています。

稀に、9カ月経過しても麻痺が改善しない場合には、手術適応となる場合もあります。

このような症状があれば、まずは整形外科を受診されることをお勧めします。

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