スポーツによる骨折の中で、
比較的多く遭遇する骨折に「鎖骨骨折」があります。
これはラグビーや、アメフトなどのコンタクトスポーツや、
転倒などによっておこる場合が多い骨折です。
鎖骨骨折の治療として、二十歳以下の若年者の方々の場合は、
ギプスやクラビクルバンドを用いた固定療法で治ります。
当院では上記のような若年者の方々には手術療法は必要ないと考えています。
では、その根拠はどういったところにあるのか、
以下でお話しさせていただきたいと思います。
鎖骨の役割と形状
鎖骨とは、下の図のように、
腕の骨と、身体の骨を連結する役割を担っています。
前から見るとほぼ一直線状の形状をしています。
鎖骨の周囲には、烏口靭帯、肩鎖靭帯などによって他の骨と連結されています。
鎖骨を真上(頭の方)から見ると、下図のようにS字型をしています。
横断面で見ると、中央部から外側にかけて丸い骨が三角形に近い形状に扁平していきます。
丸型から三角型へ骨が移行する部分が鎖骨の「脆弱部位」といわれ、
鎖骨骨折のおよそ8割がその部分で起こるといわれています。
鎖骨は他の骨とは修復機転が異なると言われています。
その理由は、鎖骨がもつ骨形成能力は、他の骨と比べて旺盛であると考えられているからです。
ですので、若年者の持つ旺盛な回復能力に加えて、鎖骨そのものがもつ骨形成能力が大きいので、
保存療法で十分治ると考えています。
鎖骨骨折の外観
鎖骨骨折が生じた場合、下図のような変形がおこります。
折れた鎖骨は筋肉の作用によって上の方向へ引っ張られたり、
腕の重みによって下に引き下げられることによって変形が生じます。
外見上は下の写真のように骨折している右の鎖骨は、
腫れなどで骨の形状が分かりにくくなり、肩幅が狭くなったように見えます。
鎖骨骨折を治療する上での当院での考え方
鎖骨骨折の中でも、若年層の方では、固定療法で十分治ると考えています。
その根拠は、下の表の黄色の枠で示した部分の理由によると考えています。
こちらの図は、10代の方の鎖骨骨折をイメージしたものです。
この年代では、若年である程、骨膜が非常に厚く、鎖骨が折れたとしても、周囲の骨膜が守るため、
折れるというよりも、柔軟性があるため、若木が曲がるような形で骨折します。
この場合、治療法は、クラビクルバンドのみで固定するだけでも、
厚い骨膜によって守られているので、
それによって骨折部分が安定し、十分骨癒合が期待できます。
こちらの図は、10代後半から20代前半の年代の方をイメージした図です。
この年代では、コンタクトスポーツなどによる受傷が多く見られるので、
外力が大きく、変形の度合いも大きくなります。
しかし、骨膜は比較的厚いので、見た目は変形が著しくても、
骨膜の連続性のおかげで、骨が完全に離れていない場合が多くみられます。
この場合、治療法は、変形がそれ以上大きくならないように、
整復後ギプス固定を行いますが、早い段階でクラビクルバンドへ移行します。
そうすることで、十分に骨癒合が期待できます。
こちらの図は、20代後半から40代ぐらいの方の鎖骨骨折をイメージしたものです。
交通事故や、仕事上での事故によって外力が大きくなっているので、
単純な折れ方ではない場合が多くみられます。
できるだけこの図のように、元の形に近い状態に整復を試みますが、
完全に元の形にもどることはなかなか難しくなります。
この場合、治療法は、整復後の骨折部ができるだけ寄るようにしたいので、
仕事上不便さはあるかもしれませんが、ギプス固定を行います。
骨癒合に時間はかかりますが、癒合の可能性は高く、たとえ変形していても、機能的な障害は残りません。
こちらの図は、60代以上の方の鎖骨骨折をイメージしたものです。
転倒によるぐらいの衝撃で、折れてしまうことが多くみられます。
骨そのものの強度が低くなっているうえ、骨膜も薄いので、
骨折した部分で骨片間の開きも大きくなることが多くみられます。
骨癒合を目指すうえで、骨膜の連続性もたたれていることも考えられるので、
できるだけ骨を寄せて固定を行います。
しかしながら、固定する苦痛が大きいので、状況に応じた固定を行います。
骨癒合には相当時間がかかりますが、機能的な障害は残りません。
当院における鎖骨骨折の治療の実際
転位(変形)のある鎖骨骨折の場合
下の写真の赤いマークは鎖骨骨折の骨折部位を示しています。
変形が生じていると、骨折端が触れ、角ばって見えます。
骨折部位を整復するには、座った状態で胸を張り、肩甲骨を寄せた状態で固定します。
赤矢印で示した3点で支え、骨折部が安定するようにします。
徒手整復前
骨折部は完全に離開していて、
それぞれの骨片は違う方向へ向いている。
徒手整復後
骨折部は近づいてきて、それぞれの骨片が
元の位置で収まるような方向へ向いている。
徒手整復の後、安定した位置が確認できれば、2~3週間のギプス固定を行って、
途中で緩みがあれば、巻き直すことも試みます。
その後、2~3週間のクラビクルバンドに切り替え、固定を継続します。
こちらのバンドは取り外しが可能なので、入浴も可能になります。
当院における変形のある鎖骨骨折に対する治療成績
上記の固定療法を行った鎖骨骨折の治療成績です。
(2005年~2015年5月現在)
年齢別に見た骨癒合率は20歳以下では全例骨癒合していました。
よって、若年層の鎖骨骨折例は固定療法で骨癒合が十分に得られるという事がわかりました。
また、年代が上がるにつれ、骨癒合率は若干下がりますが、
高齢の方でも高率に骨癒合が得られていました。
以上のことより、固定療法で安定した整復位が保てるようでしたら、
骨癒合が高い確率で得られることがわかりました。
年齢別にみる、完全に骨癒合をしたと判断できるまでの期間を示したのが上のグラフです。
初診から早ければ6.8週後に骨癒合が得られていて、
遅くても15.2週後に骨癒合が得られていることがわかります。
すなわち、平均して、2~3ヶ月後にはほとんどの方が治っておられます。
また、高齢になると、骨癒合に至るまで時間がかかってしまいますが、
粘り強く取り組んでいれば、平均5ヶ月ぐらいで治っています。
当院で、固定療法を行った鎖骨骨折の対象群
当院で固定療法を行った症例は主に、以下に示す2つの型に分類されます。
2B1型
完全に転位が認められるタイプ
2B2型
完全に転位が見られ、第3骨片が見られるタイプ
以下のグラフは、骨折タイプ別に骨癒合率と、骨癒合期間を集計したものです。
(2005年~2015年5月現在)
骨折タイプ別に見ても、高い骨癒合率が得られていました。
また、骨癒合機関は8週間から14.6週間であったことがわかりました。
以上のことから、固定療法でも、骨癒合を得られる可能性は高く、
2~3ヵ月をめどに骨癒合が可能だとわかりました。
以下、実際の症例をあげながら、当院の鎖骨骨折の固定療法について見ていただきたいと思います。
15歳の男性です。
左肩の痛みを訴えて来院されました。
10日前、体育の授業で転倒し、近隣の整形外科で鎖骨骨折と診断されました。
骨折部に転位が認められるので、手術を勧められましたが、
手術をしたくないという事で当院へ来られました。
左のレントゲンは初診時のものです。
赤色矢印で示した鎖骨中央部での骨折が確認できます。
右の写真は骨折部をエコーで撮影したものです。
この画像は別の角度から撮影したものです。
赤色矢印で示した部分に転位をともなう骨折が認められます。
治療は受傷から10日ほど日にちがたっていたため、
他院で処方されたクラビクルバンドをそのまま継続することにしました。
この画像は当院へ来院されてから2週間後のものです。
レントゲンでは変化がない様に見えますが、
エコー画像では仮骨が確認できました。
この画像は上の写真と同じ時点のものですが、角度を変えて撮影したものです。
こちらのレントゲンでも特に変化はありませんが、エコー画像では仮骨が確認できました。
この時点で、骨折部の痛みはほぼ消失していました。
当院を受診され手から3ヵ月後のレントゲン画像です。
赤色矢印で示した骨折部に仮骨が形成され、骨癒合が確認できました。
肩の挙上も痛みなく、問題なく行う事ができ、治療を終了しました。
14歳の男性です。
右肩の痛みを訴えて来院されました。
受診当日、壁にタックルをし、受傷されたそうです。
こちらの画像は初診時の外観写真です。
左右の肩幅を比べてみると、赤色矢印で示した右肩の肩幅の減少がわかります。
レントゲン撮影を行ったところ、
右鎖骨の骨幹部に転位のある骨折が認められました。
転位を少しでも改善するため、
胸をはって骨折部の整復を行い、そのままの姿勢でギプス固定を行いました。
下のレントゲンが整復後のものです。
鎖骨骨折による、鎖骨の短縮が改善されています。
こちらの写真はギプス固定を行った時の外観です。
肩甲骨の間の背中を支点として、胸を張り、ギプスによる3点固定を行っています。
こちらのレントゲンは受傷後2週間後のものです。
赤色矢印で示した骨折部は安定していたので、ギプスからクラビクルバンドへ変更しました。
こちらのレントゲンは受傷後3カ月のものです。
赤色矢印で示した部分に仮骨が認められ、骨癒合していることがわかります。
この時点では、圧痛や運動時痛が消失していたため、治療終了となりました。
13歳男性ラグビー部
ラグビーの試合中、タックルをした際に、相手の肩と自分の肩が当たって受傷しました。
ポジションはフォワードです。
ギプス固定をして、1ヵ月後のレントゲン写真です。
うっすらと仮骨がわいているのが分かります。
3ヵ月後は、さらに中の骨が充実してきて、骨癒合(骨がくっつくこと)が認められます。
この時点から、ラグビーの練習許可が出ました。
しかし、試合などのコンタクトプレーは、5~6ヶ月後から開始になります。
今回の患者さんは、骨折部分がかなりずれていて、あたかも骨の間が開いているように見えます。
しかし、この図のように骨折した部分の周りには、
骨膜(ピンク色の部分)が骨折部分を包むような形で存在しています。
若い人の場合、骨膜が厚くて、骨が形成されやすく、
見た目がひどい骨折でも、徐々に骨はくっついていきます。
11歳男性左鎖骨骨折
自宅のお風呂場で転倒し、肩を打ちました。
この患者さんも、ギプス固定を3週間行なって、
その後バンド固定をさらに3週間、計6週間固定しました。
受傷時のレントゲンでは、赤○印の中に見える骨折部分が、完全に互い違いになっているのがわかります。
6週間後、バンド固定を除去した時点での映像です。
矢印で挟まれた部分に仮骨形成が行なわれて、新しい骨が出来つつあることがわかります。
この時点で肩を動かすことも痛みなくでき、徐々にリハビリで肩を動かし始めました。
3ヵ月後のレントゲン写真です。
骨と骨の間の隙間が白っぽくなっていて、さらに骨が形成されていることが分かります。
上のレントゲンでは、くっついたとはいっても、骨が曲がっていて、
このままでは心配に思われる方も多いと思います。
しかし、左の図のように、若い人の骨は自家矯正能力(remodeling)といって、
屈曲変形している骨に対して、
徐々に矯正する力が備わっています。
この能力は年齢が低いほど高いといわれています。
したがって、曲がっていた骨も成長に伴って、徐々にきれいな形になっていきます。
17歳の男性です。
公式野球部の守備中に転倒し、受傷しました。
他院でクラビクルバンドの固定治療を受けました。
他院での初診時レントゲンがこちらの写真です。
ところが、2週間後にレントゲンを撮ってみると、
骨折部の変形が著明となり、その時点で手術適応があると判断されたため、
治療方針の相談のため接骨院へ行かれ、そこの紹介で当院へ来られました。
こちらの写真が当院受診された時のレントゲン写真です。
整復を試みても、完全には元に戻りませんでしたが、
骨折部の連続性は十分にあると考え、
ギプス固定の後、クラビクルバンドに変更しました。
当院の初診から18週後のレントゲンです。
この時点では十分に野球のプレーができており、夏の大会の地方予選出場にも間に合いました。
18歳の女性です。
柔道の受け身に失敗し、肩を強く打って受傷されました。
初診時のレントゲンでは、第3骨片を認め、骨折部の開きも大きく認められました。
徒手整復を行い、その後ギプス固定を行った直後のレントゲン写真です。
完全には骨折部が戻ってはいませんが、
骨膜による連続性が期待できるので、
そのままギプス固定を続けました。
初診から16週後のレントゲンです。
仮骨が認められ、あと少しで骨癒合することが期待できます。
この時点で痛みも、機能障害も全くありませんでした。
約1年後のレントゲンです。
完全に骨癒合が得られていました。
見た目の鎖骨の変形は残りましたが、機能上は問題がありませんでした。
大まかですが、以下に「鎖骨骨折」の当院のリハビリメニューをあげてきます。
患者さん個々の骨折の状態などによって、
若干メニューに差が出てきますが、
基本的なスケジュールは、このようになっています。
このような治療方法で、鎖骨骨折は手術しないで治ります。
治療方針で悩まれた場合には、このページを参考にされることをお勧めいたします。