神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)

片側の腕が急に痛み出したり、そのあとで腕が上がらなくなる症状を呈する疾患に「神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)」があります。本疾患は末梢神経が障害される疾患の一つとされ、痛みや神経麻痺の程度で様々です。また、発症当初は原因がはっきりしないうえ、画像検査を行っても明確な所見が乏しいため、本疾患と確定されないまま当院へ受診されることもあります。そこで、このページでは神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)と診断された方を例に挙げ、経過などを御紹介していきたいと思います。

頸肩周辺の神経(腕神経叢)

上の図は脊髄神経から分岐し上腕に至る神経の走行を示したものです。これら神経の束は腕神経叢と呼ばれ、何らかの原因によって障害されると肩甲骨周囲及び上腕周囲の筋群の麻痺または筋萎縮を生じることがあります。神経痛性筋萎縮症では肩甲および上腕に筋萎縮を認め、上部から中部腕神経叢の障害と推測されています。(〇で囲んだ部分)

神経痛性筋萎縮症の臨床症状

神経痛性筋萎縮症は一側の頸部、肩、上肢、前腕の神経痛で発症し、その神経痛は数日から数週間持続したのち、痛みが軽減し限局性の筋萎縮を生じる疾患であるとされています。

上の写真は10日前に急な発熱と7日前より2日間、左頸肩の痛みが生じ、その後痛みが軽快してから腕が上がらなくなってきたと訴えて来られた患者さんの外観です。

このように受診にさいして、患者さんが訴える言葉には急に発症する強い痛みと、痛みが軽減してからの麻痺がありますので、問診が重要になってきます。

発症に関しては複数の要因が関与されるものと考えられています。原因としたは、感染症、労働作業、予防接種後などが報告されていますが、はっきりとした要因は不明な部分もあります。病態としては、詳細については不明とされていますが、末梢神経の多発単神経炎であり、軸索障害であると言われています。

上の表は神経痛性筋萎縮症と似た症状を呈する疾患とを鑑別するポイントをまとめた表です。左端の欄が神経痛性筋萎縮症の特徴になります(赤囲みの部分)。表にもあるように前駆痛を認めるのが特徴です。

以下に当院へ来院された患者さんの例を御紹介していきます。

症例1 48歳の男性です。腕が上がらない、手指が動かしにくいことを訴えて来院されました。

1カ月前に急に右腕の感覚異常が出現し、様子を見ておられました。その後、肘が曲がらなくなり、手関節や指は曲げることができても動作がしずらいということでした。来院当日は上腕から母指、示指にしびれ感を認め、肘関節を曲げることができないため食事や、洗顔動作が困難でした。

上の写真は初診時の外観写真です。腕が上がりきらないことや肘が完全に曲げることができていません。以上の所見からは頸椎症由来の神経筋萎縮症状も考えられることからMRIを撮影することにしました。

MRIでは頚椎のアライメント異常もなく神経根を圧迫する所見も認めませんでした。以上のことから神経痛性筋萎縮症と判断して経過をみていくことにしました。

症例2 64歳の男性です。右腕を上げることができないという訴えで来院されました。約6カ月前に右頸、肩の痛みが急に発症し、1カ月半程度続いたそうです。一旦痛みが消失したのですが、そのあとから右腕が上がらず、肘を曲げることもできなくなったとのことで他院で点滴療法を受けていました。それでもなお症状に変化がなかったので、当院を受診されました。

上の写真のように、右上腕を挙上することができないことと、三角筋の筋萎縮を認めました。以上の所見から、突然の痛みを感じたのち上肢の運動障害が生じていたことから、神経痛性筋萎縮症と判断しました。

症例3 63歳の男性です。右示指、中指、環指、小指を伸ばすことができないという訴えで来院されました。約1週間前に仕事中に右手指が伸ばせないことに気が付いたそうです。初診時の外観写真では手指のしびれる領域は下の写真のように、小指と環指の尺側に認めたので、尺骨神経障害と思われましたが、示指、中指のMP関節が伸ばせなかったことから、橈骨神経領域の神経麻痺も考えられました。

レントゲン所見では、肘関節に異常所見はなく、頸椎の一部に変性所見を認めていますが、症状を認める神経根レベルと一致しなかったため神経伝導速度検査(NCV)を行いました。結果としては、圧迫による橈骨神経の絞扼性神経麻痺と肘部管症候群のいずれでもないということがわかりました。それらを踏まえると、初診時に発症形態は突然であったことと末梢神経の多発単神経炎症状を呈するため、神経痛性筋萎縮症と判断しました。

一側上肢の運動障害から発症する疾患には頚椎症由来の神経障害があります。また、上肢を挙上できないという訴えでは腱板断裂も考えられます。しかしながら、それらは明らかな他覚的所見があるので診断は難しくありません。

今回の神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)は、初診時の問診や発症の仕方でおおよその判断ができます。また、絞扼性神経障害を除外できればその後の経過を見る中で3カ月程度するうちに症状も軽快していく例がほとんどです。

急に腕が上がらないなどの症状でお困りの方は整形外科を受診してみてください。

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