舟状骨骨折はスポーツの場面や交通事故などで、
手を強く地面に打ち付けた時などにおこる骨折の一つです。
手首の関節を構成する骨の一つである舟状骨は骨折が見逃された場合、
後で偽関節(骨が癒合せずにそのままになった状態)に移行しやすい骨折です。
このページでは、舟状骨骨折はどういった症状があって、
どうして骨癒合が得にくいのかについてご説明します。
また、舟状骨骨折の治療法で固定療法を行う場合どういった点に
注意しなければならないかを御説明していきたいと思います。
舟状骨ってどこにあるの?
舟状骨は手と足にあります。
手の舟状骨は手首の親指側にあります。
指で手首のあたりを押さえると少しくぼんだ部分ができますが、
そのくぼんだ部分の奥に舟状骨が存在します。
上の図にもあるように、手関節は積み木のようないくつかの
骨が組み合わさって構成されています。
中でも、舟状骨は手首の動きの中心をなしている重要な骨なのです。
舟状骨骨折の発生機序
上の図は、手を強く床面についたときをイメージしたものです。
手関節は強く押し返され、舟状骨は手をついたときに橈骨にロックされ、
逃げ場を失います。
そしてさらに、床面からの強い衝撃力により、
動きを失った舟状骨に剪断力がかかります。
そうして、舟状骨骨折が起こります。
ですので、こういった強い外力が生じる交通事故や、
スポーツシーンでの受傷が多いのです。
舟状骨骨折の分類
舟状骨骨折の分類には、以下のものがあります。
上の図のTypeAおよびTypeBは受傷してから6週間以内の新鮮骨折とし、
それ以上経過したものはTypeDに分類し偽関節としています。
上記の図の中で、ギプスを用いた固定療法の適応となり得るのはA1,A2
およびB1,B2のタイプであるとされています。(赤枠で囲んだ部分)
舟状骨骨折が偽関節に移行しやすい理由
舟状骨骨折が偽関節(骨が癒合せずにそのままになった状態)に移行しやすい
原因は舟状骨の血行動態が関与しています。
上の図は、舟状骨骨折の中で骨折線の入る場所で分類しています。
赤く見えるのが舟状骨の栄養血管です。
舟状骨は主に2箇所から栄養血管が入っていて、
しかも中央からやや遠位部に血管が存在しています。
上の図の結節部骨折と遠位1/3部骨折は骨折線が入ったとしても、
それぞれの分かれた骨片に栄養血管が行き届いています。
ですので、骨癒合がしやすい骨折のタイプです。
一方、舟状骨骨折の中央部(腰部)、近位1/3部骨折では骨折線が入った
場所によって、栄養血管からの血液供給が途絶える場合もあり、
骨癒合が難しくなります。
以上のように、舟状骨骨折は骨折線の入る場所により
骨癒合をしやすいタイプとし難いタイプに分かれます。
舟状骨骨折の症状
舟状骨骨折の場合、手の関節が腫れて、上の図にある斜線部が特に腫れ、
押さえると強く痛みます。
実際の患者さんの写真でも、×印のところに圧痛が強く見られます。
この部位を、嗅ぎタバコ窩(snuff box)と言います。
実際の患者さんの写真で見ると、左手の親指の腱の輪郭に比べて、
右側は腫れているために、
輪郭がぼやけていて、いることがわかります。
(赤い丸で囲んだ部分が腫れています。)
また、手首の動きが制限され、握手をするとか、
物を握るなどの動作をすると、痛みのため強く握れません。
親指の方から、押し込むような力をかけると、手首の付け根が痛みます。
他にも、手のひら側の親指の付け根の部分を押さえると、強い痛みがあります。
上の写真にもある、舟状骨結節部分を押さえて痛みがあれば、
舟状骨骨折を強く疑います。
舟状骨骨折を早期に発見できた場合は手術をしないで
骨癒合が得られる可能性がありますので、
上記のような症状を注意深く確認する必要があります。
舟状骨骨折の画像診断
斜め横から撮ったレントゲン画像
正面から撮ったレントゲン画像
舟状骨骨折は、
骨折線の入り方が非常に見えにくいので、
色々な角度からレントゲン写真をとります。
上の写真にあるように、
同じ患者さんですが、
レントゲンを撮る角度によって、
骨折線が鮮明に写る場合と、
そうでない場合があります。
なかには、どの角度からとっても骨折線は見えないものの、
数日後に再びレントゲン写真を撮ると骨折線が写る場合もあります。
ですので、舟状骨骨折を診る場合には数日間は注意が必要になります。
レントゲン写真で骨折線がなくても骨折です!
舟状骨骨折の中には初診時にレントゲン写真で骨折線が全く見えない場合もあります。
しかし、圧痛が嗅ぎタバコ窩(snuff box)や舟状骨結節に認めれば舟状骨不顕性骨折を疑います。
このような場合は、MRIを撮影して診断します。
レントゲン写真では、骨折線を認めません。(赤丸で囲んだ部分)
しかし、MRI画像では圧痛を認めた部位に一致して舟状骨の輝度変化を認めました。(赤矢印の部分)
以上のことから、舟状骨腰部不顕性骨折と診断できました。
このように、初診時に骨折線がみられずに手関節捻挫と診断された場合でも、
嗅ぎタバコ窩(snuff box)や舟状骨結節に2週間ほど経過しても
圧痛が認められれば、MRIの撮影をお勧めします。
舟状骨骨折に必要な固定方法
舟状骨骨折は、しっかりと手関節を固定するだけでなく、
親指の動きや、前腕の動きに対しても注意が必要で、
厳格に固定することが必要となります。
上の写真は舟状骨骨折に対してギプスを用いて行なった固定療法の例です。
舟状骨骨折は、しっかりと手関節を固定するだけでなく、
親指の動きや、前腕の動きに対しても注意が必要で、
厳格に固定することが必要となります。
このような、厳格な固定が必要な理由は以下のような理由があります。
親指も含めて固定が必要な理由
上の図は、舟状骨を横から見た図です。
第一中手骨(親指の骨)が動くとそれに伴って骨折した舟状骨の
一部が動いてしまいます。(①)
引き続き、動きが頻繁になると次第に骨折部が離開することで
骨片同士がぶつかり合い偽関節に陥ってしまいます。(②)
以上のような理由から、ギプス固定をする際は親指も含めて固定する方が
望ましいと考えています。
肘関節も含めて固定が必要な理由
上の図は、舟状骨と前腕の骨(橈骨と尺骨)を横から見た図です。
前腕の骨が回旋することによって、舟状骨が骨折部を境にして
剪断するような動きが見られると考えられます。
以上のような理由から、前腕の回旋する動きを止める目的で肘関節も含めて
固定する方が望ましいと考えています。
舟状骨骨折の手術療法
手術後のレントゲン画像
手術後の外観写真(傷口)
舟状骨骨折に対する手術療法は、
受傷してから直ちに特殊なねじを使って固定する方法になります。
骨折部が不安定となりがちな舟状骨骨折の場合、
早期発見早期治療することにより、骨癒合が得られます。
手術のメリットとしては、しっかりとした固定ができているので、
手術後の外固定の期間が短く、仕事やスポーツ復帰するに当たり
有利な条件があります。
しかし、小さいですが手術の跡が残りますし、
焦って速く動かすあまり、ねじの周辺に緩みが生じたりする可能性もあります。
舟状骨骨折は、なぜ、
早期発見早期治療しないといけないの?
舟状骨骨折がどうして早期発見、早期治療が必要なのかというと、
先にも述べたように、血流が乏しいところがあるので、
偽関節に移行しやすいからです。
上のレントゲン写真は当院へ来られる前に受傷し、
捻挫だと思って放置しておられた患者さんのものです。
赤丸で囲んだ部分は骨折した隙間がはっきりとしており、
赤矢印で示した先の骨が白くなっていることがわかります。
これを骨硬化像といって、骨がその部分で硬くなって、
骨の修復が完了してしまっている印です。
こうなると、仕事や運動時に手首を動かすと痛みがでて、
支障をきたす場合があります。
実際この患者さんも、手首の痛みを訴えておられました。
これは舟状骨折ではありませんよ!
上のレントゲン写真は、右の手関節の痛みを訴えて来院された
8歳の男の子のものです。
手関節は、腫れもなく、押さえた痛みも特になかったのですが、
レントゲン写真では、赤わくで囲んだように舟状骨を
2分する線が写っていました。
念のため、大学病院も受診されましたが、
成長過程の骨端線の映像であるとの判断から、
処置を特にせず、経過観察になりました。
同じ患者さんの約2年後のレントゲン写真です。
この時点では、全く骨折を思わせるような画像所見はなく、
成長軟骨は閉鎖していました。
このように、一見骨折線のように写った線は、
舟状骨の成長軟骨であったので、
なんら心配する必要のないものであったということがはっきりしました。
では、以下で実際の患者さんの例を御覧いただきたいと思います。
16歳の男性です。
右手首の痛みを訴えて来院されました。
前日、ハンドボールをしていて、転倒し手をついて受傷されました。
直後に、近くの病因を受診されましたが、骨折はないと判断されました。
しかし、痛みが翌日も続くため、当院へ来院されました。
手のレントゲンを撮ってみると、右手の舟状骨の一部分に骨折線らしき像があります。
角度を変えてみてみると、明らかに舟状骨結節部分に骨折線が入っていました。
(赤色矢印の先の部分)
そこで、親指から前腕部を含めたギプス固定を行いました。
他の指は動かせるので、普段通り動かしていただくようにしましたが、スポーツは完全禁止としました。
初診から1か月の時点でのレントゲン写真です。
ほとんど骨の修復はできていて、あと少しで完全に骨がつくところまで来ています。
ですので、もう少しギプス固定をすることにしました。
初診時から約1ヵ月半でのレントゲン写真です。
前回の状態と比べて、明らかに骨がわいているのがわかります。
この時点で、完全に骨癒合したと考え、ギプスを除去しました。
このように、舟状骨骨折は、
たとえ骨癒合しやすいと言われる結節部の骨折であっても、
4~6週間ぐらいのギプス固定を要します。
14歳の男性です。
右手首の腫れと痛みを訴えて来院されました。
前日、テニスの練習中、前方に転倒し、右手を強くついて受傷されました。
近くの接骨院へ行き、手関節の捻挫と言われたそうですが、
翌日、腫れと痛みが強いため、接骨院の先生の紹介で来院されました。
レントゲンを撮ってみると、舟状骨の遠位部分に骨折線がありました。 (赤色矢印の先の部分)
そこで、ギプス固定を行いました。
クラブ活動を休止して、別メニューでの運動を許可しました。
初診から1週間後のレントゲン写真です。
骨折部は安定していて、骨折線のずれもみとめなかったので、
再びギプスを巻き直して、固定を継続しました。
初診から3週間後のレントゲン写真です。
骨折部は、癒合していましたので、ギプスを除去しました。
その後、テニスラケットを持って痛みがないことを確認し、
クラブへの復帰を許可しました。
このように、舟状骨遠位部での骨折は、経過も良好で、
比較的早くに骨癒合が得られます。
58歳の男性です。
仕事中に、右手を機械にはじき返されて、受傷されました。
右手と左手を比べてみると、右手首の親指側の腫れがはっきりとわかります。
別の角度から、親指の付け根付近をみてみると、
付け根に本来見られるくぼみが腫れのために無くなっていることがわかります。
また、その部位を押さえることで、強い痛みがあることで、
舟状骨骨折を強く疑いました。
レントゲンを撮ってみると、舟状骨の体部に骨折線が認められました。
骨折部のずれ方もほとんど見られず、御本人の御希望もあって、
ギプス固定で治療することに決まりました。
ギプスは、親指も含めて肘の関節周辺も固定しています。
舟状骨体部は、手関節や、親指の動きに影響を受けるので、
しっかりと固定する必要があります 。
さらに、前腕の捻り動作も手関節部分に影響を及ぼすので、
このような広い範囲での固定になってしまいます。
ギプス固定中のレントゲン写真です。
矢印の先で示す骨折部分は、安定していて、
このままギプス固定を継続することで問題ないと判断されました。
ギプス固定の範囲は、2週間後ぐらいには、肘が動かせるように短くカットしています。
しかし、全体的な固定期間は8週間かかりました。
受傷後10週のレントゲン写真です。
骨折線はほとんどわからないぐらいになっています。
この時点で、骨が完全に癒合したと判断しました。
手首を動かすのも問題ありませんでした。
18歳の男性です。
サッカーの試合中に転倒し、右手を強くついて受傷されました。
翌日、痛みと腫れが引かないので、来院されました。
初診時の身体所見から、舟状骨の圧痛と周辺の腫脹があったため、
骨折を疑っていました。
そこで、あらゆる角度からレントゲン写真を撮ってみましたが、
骨折線は写っていませんでした。
しかし、念のため治療としてギプス固定をして、様子を見ました。
2ヶ月後のレントゲン写真です。
わずかに、骨折を疑うような影があるようには思われますが、
はっきりとしたものではありません・・・。
2か月の経過の中で、この状況であったら、固定はしていませんが、もう少し経過をみようと判断しました。
しかし、初診から4ヶ月後に手関節の痛みが続くため、
レントゲン写真を撮ると、骨折線がはっきりとわかりました。
受傷から時間がたっていることや、
骨折部がさらに不安定になっている懸念があったので、
手術療法に移行することにしました。
手術後の経過は良好でした。
このように、身体所見では、舟状骨骨折を疑ってみても、
レントゲン写真では骨折線が見えないこともあります。
ですので、初診時で舟状骨骨折を疑う場合は、
念のため固定の処置を行い、
数日後~数週間後に再びレントゲン写真を撮ってみて、
確認する必要があります。
20歳の男性です。
5か月前に交通事故によって、意識消失して、脳外科で手術を受けられました。
その後、意識が回復して、日常生活上特に支障もないように思われていたのですが、
左手の痛みが続くために、当院を受診されました。
レントゲン写真を撮ってみると、
舟状骨の骨折後による偽関節の状態になっていました。
別の角度からレントゲン写真を撮ってみると、
舟状骨の体部は完全に離開していて、骨癒合の見込みはありませんでした。
そこで、手術療法を行うことになりました。
手術の方法は、偽関節となっていた骨折部の骨を一部削り、
他の部分から骨を移植してねじで固定します。
術後の経過も良好で、手術後骨癒合も得られました。
50歳の女性です。
自転車に乗っていて、転倒し、近くの病因を受診されましたが、
腫れと痛みが強いため、強く骨折が疑われるということで、
当院を紹介され、受診されました。
身体所見から、舟状骨骨折を疑いましたが、
初診時のレントゲン写真では、はっきりとした骨折線が認められませんでした。
しかし、念のためギプス固定を1週間して経過をみました。
3週間後に、腫れと痛みが軽快しないため、
再びレントゲン撮影をしたところ、骨折線が認められました。(赤色矢印の先の部分。)
骨折部をより詳しく見るために、CTを撮影しました。
すると、はっきりと骨折部が離開していることがわかりました。
そこで、患者さんに、
このままギプス固定を長期間続けるという方法と、
手術療法を行って、短期間で治療を行う方法があることを御説明したところ、
御自分のお仕事上の都合から、手術療法を選択されることになりました。
手術後のレントゲン写真です。
手術後約2週間でギプスを外し、普段の生活に戻れました。
この患者さんの場合は、
初めから舟状骨骨折を疑ってギプス固定もしていましたが、
後になって、骨折線がはっきりしたことから、
今後の治療方針について迷う点も出てきます。
このような場合には、患者さんに手術療法と固定療法の長所と短所を御説明して、
同意を得たうえで、どちらかの治療を行うことにしております。
39歳の男性です。
左のレントゲンは、実は15年前に撮影したものです。
この時点で、来院された時、レントゲン写真でもわかるように偽関節になっていて、手術療法になりました。
手術をされてから、15年たったある日、
別の症状で来院された時、
撮らせていただいたレントゲン写真左の写真です。
手術から15年後、きれいに骨が癒合していることがわかります。
手の痛みなどは全くなく、経過は良好でした。
このように舟状骨骨折は、早期に発見できなかった場合、
偽関節に移行することが多いのですが、
そういった場合には、手術療法を選択することで、
きちんと治すことができます。
14歳の男性です。
右手の痛みを訴えて来院されました。
3日前に自宅で、転倒し右手をつき受傷されました。
直ちに、近隣の整骨院に行き、骨折の疑いがあるため固定の処置をうけて来院されました。
圧痛が、嗅ぎタバコ窩と舟状骨結節部に認められました。(×印の部分)
レントゲン写真は、初診時のものです。
レントゲン写真では骨折線は認められませんでした。
しかし、骨折の疑いがあることから、翌日にMRI撮影を行いました。
すると、圧痛が認められた部位に輝度変化がみられ骨折があると診断しました。(赤矢印の部分)
治療は3週間のギプス固定を行いました。
同時に、ギプスの一部分を取り外し出来るよう加工し患部に低出力超音波パルスも行いました。
初診から2週間後のレントゲン写真です。
レントゲン写真では、骨折線は認めませんでした。
圧痛も運動時痛も消失していたため、取り外し可能なギプスシャーレに切り替え、残り1週間継続しました。
その後は、痛みもなく日常生活も問題なく過ごせました。
舟状骨骨折は、早期発見、早期治療が非常に大切です。
手関節の腫れと、痛みが引かずにおかしいなと思ってレントゲンを撮っても
骨折線がなく、捻挫だと判断されたとしても、
なかなか腫れや痛みが引かない場合には、舟状骨骨折をふまえて、
もう一度病院へ行かれることをお勧めします。