転倒して頸部が過度に伸展強制を強いられたとき、脊髄の一部が機械的圧迫をうけて受傷する疾患に「非骨傷性頚髄損傷」があります。非骨傷性とあるのは椎骨の脱臼や骨折を伴わず脊髄が損傷されていることを言います。本疾患は、受傷時の重症度にもよりますが、まずは、手術をしないで経過を観ていくことで症状が変化していくこともあります。それでも改善が見込めない場合は早期に手術療法を選択することになります。
このページでは非骨傷性頚髄損傷について当院で経験できた症例をもとに紹介させていただきます。
以下の画像は本疾患の受傷機転についてのものです。
非骨傷性頚髄損傷は中高年に多く上の図にあるような頸部が過伸展するような外力が加わったときに発症します。
転倒などの軽微な外力で生じ、不全損傷を呈することが多いとされています。麻痺の予後は、骨傷のある群と比較すると良好であると言われています。
上の図は受傷した時の頸椎の内部を表したものです。過伸展した頸椎部では、脊髄が通る脊柱管を形成する椎骨に生じた骨棘や靱帯などが脊髄をより一層狭窄をおこす原因となり得ます。(赤矢印の部分)そして、損傷した頚髄では脊髄内の浮腫が生じます。(肌色の部分)
本疾患は、もとより脊柱管が狭い方においては軽微な外傷でも生じやすく、重症度が上がりやすくなるとされています。
以下に本疾患の病型を示します。
上の図は頸椎部で生じる脊髄症の病型を分類したものです。
図の中で斜線で示した箇所は髄内浮腫をイメージしたものです。病型によって髄内浮腫が生じている部分の広がり方に違いがあり、症状が変わります。それぞれの病型で臨床症状が異なってくるので以下のグラフで紹介いたします。
Ⅰ型は主に脊髄中心部が障害され、上肢のしびれ感や手指の巧緻運動障害が自覚症状として見られます。また上肢の筋萎縮、知覚障害を認めるものが多く、下肢の神経症状は認めません。
Ⅱ型はⅠ型の症状に加え、下肢の神経障害が観られます。上のグラフのオレンジ色は自覚症状を表しています。青色は他覚症状を示しており上肢と下肢の腱反射が亢進する所見が観られます。
Ⅲ型はⅡ型の症状に加え、体幹と下肢の温・痛覚障害を認めます。さらに脊髄中心部の病変も進行するので四肢の腱反射は著しく亢進し、運動障害の程度も強くなります。
以下で、実際に来院された方の経過をご紹介します。
症例1
80歳 男性です。
両上肢の痺れ感を訴えて来院されました。
3日前に、路上で前方へ倒れるようにして頭部を打ったそうです。
その後自力で立ち上がれなかったため救急外来でMRIとCTを撮影され”中心性脊髄損傷”と言われました。
その後当院には、リハビリを希望されて来院されました。
上の写真は初診時のレントゲン写真(左写真)と救急外来で撮影されたMRI画像(右写真)です。
レントゲン写真では変形性頚椎症の所見が見られ脊柱管は細くなっています。
MRI画像では、多椎間に及ぶ脊柱管の狭窄像が見られ、脊髄の一部に輝度変化を認めました。(赤丸で囲んだ部分)
治療としては頚椎カラーを着用いただき、経過観察をすることにしました。
下の図は来院から5日経ってからの評価です。
上記のように、すべての項目において正常と言えるくらいの評価が得られていたので日常生活上で特に制限することなく経過を観させていただきました。
初診から2ヶ月が経過した時点で頚椎カラーも外すことができ、日常生活動作も問題のないレベルに回復しておられました。
以上のように非骨傷性頸髄損傷のⅠ型は経過観察のみで回復する見込みがあります。
症例2
66歳 男性です。
両手の痺れ感とふらつきが強く歩けないという訴えで来院されました。
来院された、3週間前に階段で足を滑らせ前方に転倒されました。
顔面を強打し、受傷時はふらついて立ち上がれなかったそうです。
その後、徐々に上肢の痺れ感と上肢の挙上障害に加え歩行障害を自覚し始めたので
近隣の病院を受診したところ、手術を勧められたのですが、
セカンドオピニオンを求めて当院を受診されました。
上の写真は初診時のレントゲン写真(左写真)と救急外来で撮影されたMRI画像(右写真)です。
レントゲン写真では変形性頚椎症の所見が見られ脊柱管は細くなっています。
MRI画像では、多椎間に及ぶ脊柱管の狭窄像が見られ、脊髄の中心部に輝度変化を認めました。(赤丸で囲んだ部分)
以上の所見から非骨傷性頸髄損傷のⅡ型と考え、
当院受診から約1ヶ月後に大学病院に紹介となり手術を施行することになりました。
上の写真は、手術前と手術後のMRI画像を比較したものです。
手術後のMRI画像では脊柱管の狭窄像が消失し、当初見られた輝度変化も消失しています。
上の写真は術後1ヶ月が経過した時点での外観写真です。
上肢の挙上は日常生活に支障が出ない程度まで回復しましたが、歩行障害を認めているので
リハビリのため通院を継続していただきました。
非骨傷性頸髄損傷のⅡ型は、多くの場合手術適応になります。
術後はリハビリを継続することで上肢の残存機能の低下を防止していきます。
転倒後、上肢の痺れ感やその他の自覚症状があり不安に思われる方は非骨傷性頸髄損傷の疑いもあるので
なるべく早く整形外科を受診されることをお勧めします。