膝の靭帯損傷の中でも、前十字靭帯損傷は手術適応になることが多く、
リハビリの期間も非常に長くなるのですが、
今回ご紹介する「後十字靭帯損傷」は、
リハビリで治していくことが一般的です。
膝の関節内にある十字靭帯ですが、
このように治療方法が変わってくる原因は何なのでしょう?
そういった点を含めて、このページでは後十字靭帯損傷の病態をご説明して、
リハビリのメニューなども含めてご紹介していきたいと思います。

膝の後十字靭帯の解剖図

上の図は、膝を正面から見た図です。
後十字靭帯は膝の中央付近で、クロスするようにして関節の安定性を保つように走っています。
主な働きは、脛骨の後方移動の制動と、膝関節の内旋動作の安定を司っています。

上の図は、膝関節を横から見たものです。
大腿骨のやや前方部から、脛骨の上端部後方に広がって
後十字靭帯は走行しています。
後十字靭帯は前十字靭帯に比べ、約2倍の太さと、
力学的強度を有するといわれています。
後十字靭帯損傷の受傷機転と病態
後十字靭帯損傷が生じる場面は、スポーツ中の激しい接触による外傷や、
交通事故による外傷で生じるものが多いとされています。
その受傷機転は、脛骨上部を後方に押し込むような、
強い外力が加わった場合に生じます。

上の図のような受傷機転の場合は、交通事故の際に、
ダッシュボードに膝を強く打ちつけ、
脛骨が後方に強制的に押し込まれ受傷する、
いわゆる「dashboad injury(ダッシュボード損傷)」と呼ばれています。
また、スポーツでは、ラグビーなどでタックルを受けた際、
膝が回旋を強制されるような場合に受傷するといわれています。

後十字靭帯損傷では、急性期においては靭帯周囲の組織からの出血により、
関節内に血腫が溜まり腫れてしまいます。
また、強い痛みにより、膝の可動域制限が生じ、
体重をかけて歩くことも困難になります。
中でも、特徴的なのは、上の図のように下腿が後方に移動することで、
膝関節の前面部に関節の変形が見られることです。(赤色矢印で示した部分)
後十字靭帯損傷の症状
下の写真は、後十字靭帯損傷の実際の患者さんの外観写真と
レントゲン写真を比べたものです。

赤矢印で示すように、外観では脛骨が下へ落ち込むような段差がみられます。
レントゲン写真では、赤いラインで示したように、
大腿骨の関節面と、脛骨の上端部の位置にずれが生じています。

健側の膝関節では、膝を曲げた状態で、レントゲン写真を撮影すると、
上の写真のように、大腿骨の関節面と、脛骨の上端部のラインはほぼ同じか、やや脛骨が前方部に位置します。(緑色のライン)
後十字靭帯損傷の診断法

後十字靭帯損傷の診断法としては
「gravity test(重力テスト)」
と呼ばれるものがあります。
患者さんにベットに寝ていただき、検者が膝を曲げ、
足を水平な位置まで持ってきます。
脛骨の後方移動が著しい場合は、赤矢印の部分で膝関節の変形が確認できます。

もう一つの徒手検査の方法として、「後方引き出しテスト」があります。
これは、膝関節を90°に曲げて脛骨の上端を把持して、
脛骨の後方への動揺性を確かめる徒手検査です。
健側と比べて、患側の脛骨の後方移動量が著しい場合、
後十字靭帯損傷を疑います。
しかし、後十字靭帯損傷は受傷直後は関節内血腫によって膝が腫れてしまい、
靭帯損傷がわかりにくい場合もあります。
ですので、急性期の症状が消退し始め、
後に脛骨の落ち込みが発見されることもあります。
上の動画は、膝関節の前後動揺性を確認している様子です。
健側では、後十字靭帯の緊張により後方へ押し込んでも動揺性はみられません。
一方、患側の膝関節では脛骨を後方へ押し込んだ際に、
移動量が大きくなっているのがわかります。
この際、後十字靭帯が損傷している場合、
動作開始の時点ですでに脛骨が後方に落ち込んでいるため、
前方に移動する量が大きいように錯覚する場合があります。
そこで、徒手検査の開始肢位において、
脛骨粗面の位置を確認しておく必要があります。
上の動画では、開始の時点ですでに脛骨粗面が後方に移動し、
さらに脛骨を後方へ押し込むことで移動量が大きくなっているので、
後十字靭帯損傷があると考えられます。
後十字靭帯損傷の診断法
後十字靭帯損傷は、そのほとんどが手術をせずに、
リハビリによって治療していくケースがほとんどです。
その理由には、以下のようなものがあります。
荷重により脛骨が受ける力について

上の図は、体重がかかった膝の状態を横から見たものです。
体重がかかった場合、脛骨の関節面はやや後方に傾いているので、
体重がかかったベクトルは、
赤矢印で示したように脛骨を前方に移動させようとする力が加わるので、
膝関節は、荷重時には後方への不安定性が生じにくいと考えられています。
これが、後十字靭帯損傷があっても、
膝関節の後方安定性がさほど失われずに済む理由の一つです。
後十字靭帯の血行状態

上の図で示したように、後十字靭帯は脛骨の後方部分に付着しています。
この部分は、後方の関節包(滑膜)に近いため、
血行が豊富なうえ、後十字靭帯自体も太いため、
損傷した後も、靭帯実質部が消失してしまう事が少ないといわれています。
ですので、前十字靭帯損傷に比べて、
膝関節の2次的な半月板損傷や軟骨損傷も生じにくく、
後方の不安定性も残さず、靭帯そのものも修復され安いといわれています。
こういったことが、後十字靭帯損傷の場合には、
保存療法が選択される理由です。
手術に至るケースとしては、リハビリ療法を行った後も、
膝の不安定性や痛みによってスポーツ活動が十分にできなかった場合や、
後十字靭帯以外にも複合して靭帯損傷を伴った場合には
手術療法を選択する場合があります。
では、以下で実際の患者さんについてご覧いただきたいと思います。
〜症例1〜

17歳の男性です。
右膝の痛みを訴えて来院されました。
転倒した際に、床に膝を強く打って受傷されたそうです。
この写真にあるように、徒手検査を行うと、脛骨の落ち込みが確認できました。
(赤色矢印で示した部分)

レントゲン写真で脛骨の後方移動量を確認したところ、
赤矢印で示したように、若干後方移動が認められました。
後十字靭帯損傷を疑い、他に合併損傷がないか確認するために、MRI撮影を行う事にしました。

MRIの画像では、後十字靭帯の連続性が途中で途絶えるような所見が認められました。
(赤丸の中央部分)
損傷の程度としては、他に合併して靭帯損傷がなく、半月板も損傷を受けていなかったので、
後十字靭帯の単独損傷と考え、装具を使用し、並行して運動療法を行う事にしました。
その後、特に不安定性を訴えることもなく、治療を終了しました。
〜症例2〜

20代の女性です。
右膝の腫れと痛みを訴えて来院されました。
前日にアイススケートに行って、転倒し、右膝を強く打った後、関節が腫れたので気になって受診されました。
この写真にもあるように、右膝関節の脛骨の落ち方が左と違う事がわかります。

後方引き出しテストを行うと、痛みがあり、同時に 膝関節の後方部にも圧痛がありました。
関節が腫れていたので、関節穿刺を行ったところ、血腫を認めました。
以上のことから、後十字靭帯損傷と考え、
同時に他の組織損傷がないかを確認するためにMRI撮影を行いました。

MRIの所見では、後十字靭帯は脛骨の付着部付近で実質部がぼやけていて、損傷していると考えられました。
しかし、他の靭帯や半月板は損傷していなかったので、
後十字靭帯の単独損傷と考え、装具による保存療法を行いました。
この方は、お仕事上、立ち仕事をされていることから、
装具装着下でお仕事をしていただくことにして、経過を見ることにしました。
その後、膝の不安定感を訴えることもなく、お仕事にも影響なく、過ごされています。
後十字靭帯損傷のリハビリ
後十字靭帯損傷のリハビリプログラムは、
主に以下のような流れに沿って行います。
ポイントは、損傷した後十字靭帯に負担をかけず、
下肢の筋力の強化と膝関節の可動域を獲得することにあります。
スポーツ復帰時期としては、2~3ヵ月をかけて、
以下のようなリハビリの別メニューを段階を追って行い、
受傷後3~4か月に復帰できることを目安にしています。

まずは、受傷後、1~3週間ぐらいのリハビリメニューです。
普段は装具を装着して、患部を保護しますが、
時には、装具を外して少しでも大腿の筋肉が弱くならないようにトレーニングしていきます。
この動画は、パテラセッテングという大腿四頭筋のトレーニングです。
脛骨を前方に引き出す役割を持つ大腿四頭筋の強化が後十字靭帯損傷のリハビリのキーポイントです。

この図は、健側の足を使って患側の膝を曲げこむ運動です。
痛みのない範囲で行っていきます。
このとき必ず膝の後ろに枕やタオルなどのクッションになるものを挟み、
脛骨の後方移動を押さえつつ行うのがポイントです。

ここからのリハビリ運動は、受傷後3~4週間後のものです。
こちらの写真も、同様に、タオルを支点とした可動域訓練の一例です。
膝の曲げこみが難しい場合には、決して強く無理やり押し込まない様にします。
強い痛みを伴った場合や、無理やり押し込むようなことをすると、
かえって筋肉の緊張が増して、動かしにくくなる場合があります。

チューブを用いたトレーニングを行います。
脛骨の後方部に枕などの支点になるものを置いて、大腿四頭筋を鍛えます。
同時に、足関節や足指など、他の部位も鍛えていきます。

立位でチューブトレーニングを行います。
左の図はハムストリングズや臀筋などに負荷をかけて、膝を曲げる作用のある筋肉を鍛えていきます。
膝を曲げる角度は30度~60度までにとどめておきます。
この運動を行う場合、膝を曲げすぎると、脛骨の後方移動が起こり、
傷めた後十字靭帯に負担がかかるからです。

こちらはバランスボールを使ったトレーニングです。
こちらも、膝屈筋群のトレーニングですが、膝の屈曲角度は浅い状態で行います。
ボールの上で、下腿をのせた状態で、お尻を上げることで、
脛骨の後方移動を抑制しながら、ブリッジ動作を行います。

受傷後6週以降のトレーニングです。
膝の屈曲角度の制限を外し、立位で行うトレーニングが主になってきます。
中でも、スクワットエクササイズは大腿四頭筋のほか、
下肢の全体の筋力やバランスをトレーニングすることができるので、効果が大きいと言われています。
他に、踏み台昇降や、バランスボードに乗った神経協調運動など、
膝の感覚を養う事も積極的に行っていきます。

左の図は大腿四頭筋のストレッチを行っている所です。
タオルを挟み込むことで、支点となり、脛骨の後方移動の抑制を行いながら、
大腿四頭筋のストレッチを行っていきます。
以上のように、おおむね6~8週間のリハビリプログラムをこなしていくわけですが、
トレーニングの回数や、負荷は、個別で違いますので、
患者さんお一人お一人に応じたメニューをリハビリスタッフが組ませていただきます。
後十字靭帯損傷後、膝の不安定性は2~3ヶ月後には、
受傷直後に比べて改善している場合が多いといわれています。
できるだけ、損傷した靭帯に負担をかけずに、リハビリを行うと、
スポーツ復帰の際には元のパフォーマンスと同じぐらいのレベルを維持できるといわれています。
まずは、リハビリ治療を行って、改善を図っていきますので、
後十字靭帯損傷後のリハビリでお困りの方や、
受傷後、スポーツするにあたって、
どういったトレーニングが必要なのかわからないという方は、
お気軽に当院までご相談ください。