投球障害の中で、肘に障害を起こすものとして、一般には野球肘と呼ばれて、
使い過ぎによる肘の障害がよく知られています。
使い過ぎという意味では、肘の疲労骨折も発生頻度は少ないのですが、
存在しています。
肘関節のところで起こる疲労骨折には、このページでご紹介する
「肘頭疲労骨折」があります。
どういう病態のものなのか、以下でご紹介していきたいと思います。
肘頭とは、下の図の赤い丸で囲んだ部分です。
尺骨のちょうど先端部分になります。
上の図は肘頭疲労骨折の骨折線の入り方です。
横から見た図では、肘関節の関節面側から骨折線が入ります。
また、肘を後ろから見た図では、肘頭の内側から外側にかけて
骨折線が斜めに入ります。
実際のレントゲン写真は下のようになります。
肘頭疲労骨折の発生メカニズム
下の写真は、一連の投球動作を分割して示したものです。
一連の投球動作を投球相に分けると、
肘頭疲労骨折はAcceleration期(加速期)から
Follow-through期(減速期)で起こるとされています。
その発生メカニズムを表したのが、下の図です。
投球時に肘にかかるストレス
上の写真は、ボールを投げる際の『加速期』と呼ばれる
時期の肘の動きを示しています。
今まさに、ボールを投げようとして、勢いをつけて肘が前に出てくるときに、
肘関節の内側には外反ストレスがかかり、
関節の内側が開こうとする力がかかります(赤色矢印の力)。
投球障害の多くは、このようなストレスによって内側の靭帯に障害が起こります。
肘頭疲労骨折も、このようなストレスによって生じると考えられています。
上の写真は、外反ストレスがかかり続け、不安定となった肘関節のモデルです。
不安定な肘関節に、さらに外反ストレスがかかると(①)、関節の内側が開くようなストレスがかかります(②)。
本来は、肘頭は上腕骨の肘頭窩に収まっているのですが、不安定な肘関節においては、投球相の減速期において肘頭と肘頭窩がぶつかりあうようになってしまいます(③)。
この状況①②③が継続的に繰り返されると、ぶつかっている所を支点としてひび割れるように骨折線が入っていきます(④)。
結果として、肘頭疲労骨折が起こるのです。
〜肘頭疲労骨折が難治性の理由〜
上の図は、肘関節周囲の血行動態を表したものです。
さらに、肘関節後方部の血行に注目してみると、
上の図のように肘頭の周囲の血流は、遠位からの尺骨動脈からの枝と、
近位から肘頭尖端に入る橈骨動脈および尺骨動脈の動脈叢から得られています。
そこで肘頭部に骨折線が及んだ場合、血流が遮断されるため
骨癒合が得られにくい場所であると考えられています。
肘頭疲労骨折の分類
下の図は、肘頭疲労骨折を骨折線の入る方向や角度によって分類したものです。
上の図のように、肘頭疲労骨折は5つのタイプに分類されていますが、
それぞれのタイプに共通して言えるのは、
骨折線が関節面側から肘頭の方向へ向かって走るということです。
中でも一番発生頻度が多いのは『Physeal Type』とされています。
〜スポーツ復帰をするまでの運動療法〜
まず、投球・打撃を含めた罹患側に負荷がかかる動作のみ休止します。
休止期間は概ね2ヶ月くらいを目処にしています。
痛みが軽減次第、肘関節の可動域訓練を開始し、
次いで肘関節過伸展ストレスに対する『上腕二頭筋』と、
肘関節外反ストレスに対抗する『尺側手根屈筋』を強化します。
それと並行して、肩甲骨周囲筋の筋力訓練と、超音波療法も併用します。
下の写真は、肘関節の外反を制動する目的で
『尺側手根屈筋』を鍛えるトレーニングです。
〜アームカール〜
運動負荷をかけるためにダンベルを用いて行います。
手首を返す際は、小指側から返していくように行います。
重さは連続して20回を繰り返した際、痛みを伴わない程度の疲労感が残るくらいとします。
運動回数は20回を2〜3セットくらいを目安に行います。
投球による肘関節障害の全般に言えることですが、
単に肘関節の治療だけではなく、投球に関わる下肢・体幹の使い方も
見直しながら、リハビリを進めていきます。
肘頭疲労骨折に似た肘頭の障害
上のレントゲン写真は、肘頭で生じた投球障害ですが、
患側と健側のレントゲンを比較するとわかるように、骨端線と呼ばれる軟骨の幅が開いて写っています。
このような状態を「肘頭骨端線離開」と言います。
また、この離開が長期にわたると「肘頭骨端線閉鎖不全」という疾患に至ります。
この疾患は上の図にあるように、肘関節に外反ストレスが加わるほかに、
上腕三頭筋の牽引力によって、骨端線が開く方向に作用して、発生します。
肘頭骨端線離開も、広い意味では、肘頭疲労骨折の一つとして
とらえられる場合もあります。
しかし、レントゲンでの写り方は違います。
では、以下で実際の患者さんについてご覧いただきたいと思います。
〜症例1〜
11歳男性。右肘の痛みを訴えて来院されました。
軟式野球チームに所属していて、投球時に右肘の指でさしている所が痛いという事でした。
外観から見て、肘関節の腫れはほとんど見られず、関節の可動域制限もありませんでした。
ボールを投げた後のフォロースルー時に痛みがあるそうです。
正面から レントゲンを撮って左右の肘を比べてみると、特に違いはありませんでした。
この角度からの画像からは、異常と思われる所見はありませんでした。
側面から、レントゲンを撮ってみると、患側である右肘に骨硬化像が見られました。
(赤色矢印の先で示した部分)
本来ならば、年齢的に骨端線が残っていることが多いので、骨端線離開を一旦疑いましたが、実際のレントゲンでは、骨端線は閉鎖していました。
そういうわけで、今度は、肘頭の疲労骨折を疑い、MRI撮影を行うことにしました。
MRI撮影の結果、レントゲンで骨硬化していた同じ個所に、疲労骨折を疑う輝度変化が認められました。
(赤色矢印の先で示した部分)
痛みの訴えや、レントゲンやMRIの画像の結果から、肘頭の疲労骨折と考え、投球中止を指示しました。
休養と同時に、当院で行っている投球指導教室にも通っていただき、投球フォームの見直しを行いました。
現在は、問題なく野球の練習にもどっておられます。
〜症例2〜
14歳の男性です。
右肘の痛みを訴えて来院されました。
野球の遠征中、試合で1イニングのみピッチングをした際、急に痛くなったとのことです。
前日もピッチングをしましたが、20球程度しか投げていないとの事で、右肘に痛みはあったのですが投球は続けていたそうです。
近隣の整骨院で治療していましたが、痛みに変化がないため来院されました。
右肘関節の状態を確認すると、
屈伸時に可動域制限を認めました。
圧痛は肘関節内側と肘頭部に認め、
特に肘頭部に強く認めました。
レントゲン写真を撮ってみると、右肘(患側)は側面像で関節面側から肘頭の方向へ向かって走る骨折線を認めました。
また、正面像では尺側から橈側方向へ向かって走る骨折線が肘頭部分に確認できました。
左肘(健側)と比較すると、骨端線は完全に消失していましたので、本症例は肘頭疲労骨折であると考えました。
治療の方針としては、2ヶ月間の投球およびバッティングを禁止とし、肘関節の可動域制限があったので患部の安静を目的に、2週間のギプス固定を行いました。
左のレントゲン写真は、初診より4週間後のものです。
骨折線は正面像では不明瞭になってきましたが、側面でははっきりしてきていることから、骨吸収期と考え、引き続き投球を禁止としました。
並行して、超音波骨折治療器を週に3〜4日の頻度で行いました。
また、尺側手根屈筋の筋力強化を目的にアームカールを行いました。
左のレントゲン写真は、初診より10週間経過した時のものです。
骨折線も不明瞭になり、骨癒合に向かっていることがわかります。
この時点で前腕の筋肥大を患健側差が0.5cm認めたのと、圧痛の消失を認めたので、肘だけではなく、骨盤の傾きや投球動作時の回転運動にも注目してシャドウピッチングを開始しました。
左のレントゲン写真は、初診から14週間経過した時のものです。
骨癒合と判断し、野球へは完全復帰されました。
その後、患部の状態を確認したところ、左のレントゲン写真のように骨折線は消失していました。
投球障害のなかでも、肘頭疲労骨折は発生頻度が少ないのですが、
こういう疾患もあるのだということを念頭に置いて、
長引く肘の後ろの痛みについて診ていかねばならないと思います。
野球をしていて、肘の後ろが痛い時には、
早い目に整形外科を受診されることをお勧めいたします。
早期発見が早期治療につながり、早期のスポーツ復帰につながります。