長母指屈筋腱皮下断裂(あれ、親指が曲げられない!)

長母指屈筋腱皮下断裂は、親指を曲げるために必要な腱が何らかの原因で切れてしまい、親指を曲げられなくなる疾患です。

親指を曲げられなくなると、ものをつまむ動作ができなくなり、不便を感じます。

例えば、お金をつまんだり、ボタンの賭け外しなど、細かい作業がしにくくなります。

放置していても自然に治ることはないので、手術が必要となります。

しかし、母指が曲げれなくなる疾患は、他にもいくつかあります。

このページでは、長母指屈筋腱皮下断裂の特徴や、鑑別のポイントなどを、
実際の症例をご覧いただきながら詳しくご説明していきたいと思います。

長母指屈筋とは?

長母指屈筋腱は以下の図で示すように、前腕から母指にかけて筋肉が走行しています。

長母指屈筋腱は母指末節骨に停止しており、母指IP関節を曲げる働きをしています。

そのため、長母指屈筋腱が断裂を起こすと、以下の写真のように母指IP関節の屈曲は不能となり、

物をつまむ動作ができなくなります。

上の写真の青色矢印で示す左手は、母指のIP関節を曲げることができていますが、
長母指屈筋腱皮下断裂を起こしている右手は、赤色矢印で示したように母指のIP関節が曲げられません。

なぜ長母指屈筋腱皮下断裂は起こるの?

長母指屈筋腱の皮下断裂は外傷などの既往がなくても、以下の図のような場所で様々な原因で起こります。

母指CM関節症や、STT関節症橈骨遠位端骨折(変形治癒や掌側プレートによる術後)、

舟状骨偽関節というすべての関節や骨の状態が、
長母指屈筋腱の走行上で腱の摩滅を引き起こし、長母指屈筋腱皮下断裂が生じるといわれています。

また、関節リウマチの場合、腱滑膜炎による腱周囲の滑膜の肥厚と増大が腱に物理的圧迫を加え、栄養障害を起こしたり、
リウマチ性肉芽の腱組織内侵入により、腱が変性を起こし長母指屈筋腱皮下断裂が生じるといわれています。

長母指屈筋腱皮下断裂の特徴

長母指屈筋腱皮下断裂は、母指IP関節が屈曲しないので、容易に判断することができます。

しかし、母指IP関節が曲がらない疾患に、「前骨間神経麻痺」があります。

前骨間神経麻痺のとの鑑別が必要です。

 長母指屈筋腱皮下断裂(患側は右)

前骨間神経麻痺(患側は右)

上の写真だけを見ると、一見どちらも赤色丸印で示した母指IP関節が曲がっていないので、鑑別することができません。

しかし、前骨間神経麻痺は上の写真のように、青色矢印で示した示指のDIP関節の屈曲ができなかったり、
前腕の回内がしにくかったりと、母指IP関節の屈曲不能以外にも症状が出るため、
比較的容易に判断することができます。

以下で実際の症例をご覧いただきたいと思います。

77才の男性です。

右母指IP関節の屈曲障害を訴えて来院されました。

3週間前、作業中棒を握った状態で手関節を背屈した際に、
右前腕部(手関節周辺)で、ブチッと音がしたそうです。

その後、右母指のIP関節が急に曲げられれなくなったそうです。

物をつまむ動作ができないため、
日常生活や仕事で少し不便があるとのことです。 

左の写真は初診時の外観です。

赤色矢印で示している、右母指IP関節が屈曲できないことがわかります。

https://www.youtube.com/embed/gwaKwaEZu_0

左の動画は、右母指IP関節を屈曲するように動かしてもらっています。

左母指のIP関節は屈曲可能ですが、
右母指IP関節の屈曲はできないことがわかります。

左のレントゲン画像は、手を上から撮影した初診時の物です。

両母指IP関節の変形による骨棘は著明に認められますが、
STT関節や、母指CM関節、舟状骨など特に異常は見られませんでした。 

左のレントゲン画像は、手関節を側面より撮影した物です。

SNACwristもなく、はっきりとした骨棘や関節症変化は見られませんでした。 

左の写真は、鑑別のために行っているParfet O signの外観写真です。

赤色丸印で示した右母指IP関節の屈曲はできませんが、
右示指の屈曲はできており、前腕の回内も問題なくできていることから、長母指屈筋腱皮下断裂であると診断しました。

多少の不便はあるものの、仕事も生活もできるということから、
ご本人の希望もあり、手術をせずに、このまま様子をみることになりました。

MRI検査を行っていないので、断裂した部位を断定することはできませんでしたが、問診より、手関節の部分で断裂しているのではないかと推測しました。 

母指IP関節の屈曲ができない疾患には、「長母指屈筋腱皮下断裂」と「前骨間神経麻痺」があります。

それぞれの疾患の鑑別をしっかり行うことが大切です。

長母指屈筋腱皮下断裂であれば、観血療法の適応となります。

一方、前骨間神経麻痺であれば、神経の圧迫要因を取り除くことで、症状の改善が認められます。

ご自身で判断がつかない場合や、ご不便が続く場合には、お近くの整形外科の受診をお勧めいたします。

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